爆弾対応における日本の現状と警備実務者としての最低限の心得

日本においては、諸外国と比較して爆弾事件の発生件数は極めて少なく、これは日本社会における治安の良さを反映したものです。しかし裏を返せば、警備業に従事する者ですら爆弾脅威(Bomb Threat)への対応を学ぶ機会が限られているという実情もあります。

筆者は過去に国連本部警備隊に所属しており、ニューヨーク本部では日常的に爆弾脅迫や不審物対応の訓練を受ける機会がありました。実際にBomb Threatが発生する頻度も高く、警備隊員には初動対応の基本が厳しく叩き込まれていました。

日本国内では爆弾事件といえば、記憶に新しいのが岸田文雄首相に対する襲撃事件(2023年、和歌山県)です。これは、警護業従事者やこれから警護の仕事を目指す人であれば、ぜひ知っておいてほしい出来事です。日本の警備現場では、不審物対応や爆発物処理に関する知識が極めて乏しいまま業務が行われている実態があります。2015年に靖国神社で起きた爆発音事件のように、犯人が非日本人というケースも存在し、外国人の流入が進む現代の日本において、少なくとも警備従事者は爆弾対応の基本を押さえておく必要があると強く感じています。

実際、ある施設のセキュリティ担当者と会話した際、爆弾脅威時に無線機や携帯電話の使用を控えるべきという基本知識すら持ち合わせていないことに驚かされました。このような状況は、警備員個人の責任ではなく、日本の警備教育体系の構造的な限界を表していると言えます。

本稿では、爆弾対応の基本的な考え方、特に通信機器の使用制限の背景、そして爆弾発見時の初動対応フローについて整理し、警備業界における最低限のスタンダードの確立を目指します。

通信機器使用制限の背景:無線と携帯電話が危険とされる理由

1. 起爆のリスク

最も重要な理由は、無線電波が爆発物を誤作動させる可能性があるためです。

  • テロリストなどが遠隔起爆装置を使用している場合、携帯電話や無線機の電波を起爆信号として利用することがあります。
  • たとえば、携帯電話をリモコンとして接続した即席爆発装置(IED)では、着信時や電波受信時に回路が作動し、爆発することがあります。

そのため、現場では以下のような対応が取られます。

  • 爆発物の疑いがあるエリアでは、無線機・携帯電話の使用が制限または禁止されます。
  • 除去作業を行う爆発物処理班(EOD)は、電波を遮断するジャマーやシールド機材を使用することがあります。

2. 電磁干渉によるリスク

  • 無線機の強い電波が、電子回路や起爆装置のスイッチ部分に干渉し、意図せず作動させる可能性も否定できません。
  • 特に市販の機器では対EMI(電磁妨害)保護が不十分なことがあり、爆発物の構造によっては、思わぬトリガーになり得ます。

3. 安全対策上の規定(プロトコル)

  • 多くの国の軍隊・警察・空港・警備会社では、「爆発物が発見された場合は無線使用禁止」というSOPが定められています。
  • これは誤爆防止だけでなく、通信の集中管理や現場の混乱を避けるためでもあります。

4. 誤情報防止・情報統制の観点

  • 一部のケースでは、爆発物処理中の現場の混乱や情報漏えいを防ぐために無線封鎖されることもあります。
  • 不用意な通信が敵に傍受され、起爆タイミングの手がかりになる懸念もあります。

実務の例

  • 空港・官公庁・重要施設などで爆発物が疑われた場合、半径数十〜百メートル以内での無線通信は即座に停止されます。
  • 警備やEODのプロトコルでは、一時的に携帯基地局やWi-Fiを遮断する措置(指向性ジャマーなど)も講じられる場合があります。

通信手段のジレンマ:安全と連絡の両立

爆弾脅威は、しばしば学校や商業施設、オフィスビルといった広大な構内で発生します。そのため、無線通信を完全に遮断してしまうと、かえって初動対応が遅れ、避難誘導や緊急車両の誘導が混乱する恐れがあります。特に、アクティブ・シューター(銃乱射)や同時多発的な攻撃と複合する事態では、無線による情報共有は命綱となります。

現在の警備実務では、次のような判断基準が推奨されています。

  • 動的状況(アクティブな脅威や同時進行中の避難):通信を優先。リスクは極小。
  • 静的状況(爆弾のみ、既に場所が特定されている):通信制限。無線機はパートナーに任せ、自身は使用を控える。

スマートフォンに関しても同様で、現場写真の記録やGPSマップによる避難支援など、有用なツールとして機能します。ただし、Airplane Mode(機内モード)を活用することが望ましいです。

爆弾発見時・脅迫受信時の初期対応フロー

Ⅰ. 脅迫を受けた場合(電話・手紙・メール・口頭)

● 電話で脅迫を受けた場合

  • 落ち着いて話を引き出す:できるだけ話を長く続け、以下の内容を聞き取る努力をします。
    • 爆発の予定時刻・場所・形状・起爆方法
    • 犯人の声の特徴(性別、訛り、感情、背景音など)
    • 使用言語、具体的な要求
  • 通話内容を記録:電話を切らずに同僚に通報を依頼。会話中の言葉・表現を正確にメモします。
  • 電話終了後、速やかに管理者・警察に通報します。

メール・紙媒体での脅迫

  • 触れずに現状を保つ:手袋がある場合は着用し、内容を最小限に確認します。
  • 封筒や文面を保全:筆跡・指紋・郵送ラベル等は証拠保全の観点から極力未触のままにします。
  • 写真撮影は慎重に:不審物がないことを確認の上、Airplane Modeでの撮影が推奨されます。

Ⅱ. 不審物・爆発物の発見時

発見直後

  • 絶対に触らない・動かさない・開けない
  • 現場を即座に隔離:半径15m以上を目安に立入禁止。発見場所の固定と目印の設置
  • 現場管理者に直ちに報告
  • 警察(110番)へ通報
  • 無線・携帯電話は距離をとって使用:最低でも5〜14フィート(約1.5〜4m)以上離れて送信します。

【避難の開始】

  • 安全距離を保ち、速やかに周囲の人々を避難誘導
  • 担当者が避難経路と合流地点を明示
  • 拡声器や誘導灯は極力使用せず、混乱を最小限に
  • 施設内のアナウンスは避ける:過剰な混乱を防ぐため、避難は個別指示・静かな誘導が望まれます。

Ⅲ. 警察・爆発物処理班到着までの措置

  • 現場の責任者を一人決める:誰が対応の統括を行うか明確にします。
  • 可能な限り人流・出入口の管理を行う
  • 負傷者がいればまず救命処置を優先
  • 監視カメラ・アクセスログなどを保全:不審者や侵入経路の特定に役立ちます。

Ⅳ. 警察・爆発物処理班到着後

  • 指示があるまで誰も現場に近づけない
  • 管理責任者が現場の状況を簡潔に説明(発見時刻、状況、証拠保全など)
  • 関係者全員の安全確認を実施

Ⅴ. 爆発後または疑い解除後の対応

  • 再入場は許可が出るまで絶対に行わない
  • 関係者に向けた事後報告とメンタルケアの実施
  • 施設の防災対策マニュアルの見直しを実施

最後に

本稿で述べた内容は、あくまで現場の警備員が初動でとるべき標準的な対応であり、各施設のマニュアルや現場指揮官の判断が最優先されるべきです。ただし、爆弾対応の基本知識が日本の警備業界で十分に共有されていない現状においては、最低限これだけは知っておくべき内容として、全警備従事者に対して教育・訓練の機会を設けるべきであると強く考えます。 テロや爆弾事件が「非日常」であるからこそ、「日常」のなかで備えることが警備の本質です。岸田首相襲撃事件が示したように、日本ももはや例外ではありません。


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