グレーな経歴と「実績」の見せ方について

近年、SNSや企業サイトなどで「元大統領の警護実績あり」といった、華やかな経歴や実績を目にすることが増えています。
確かに、こうした肩書きや経験は人の目を引きますし、顧客や採用担当者に強い印象を与えることができます。しかし、警護という職務の本質を理解している立場から見ると、事実関係や役割の定義が曖昧なまま“実績”として表現されているケースも少なくありません。

セキュリティの世界では、「言葉の選び方ひとつ」で印象が大きく変わります。
だからこそ、本当に価値のある経験とは何かプロフェッショナルとして正しく伝えるべきことは何かを今一度考える必要があります。

以下では、実際の警護業務の構造や私自身の経験をもとに、グレーな経歴の扱い方、そして「肩書き」に惑わされないための視点についてお話しします。

警護という仕事は、決して一人では成立しません。
もし「VIPを一人で警護した」と謳う場合、それは厳密には警護ではなく、エスコートであると言えます。
もちろん、エスコート業務も立派な職務ではありますが、それを「警護実績」として履歴書に記載したり、企業の実績として公表する場合には、言葉の定義と業務の実態を正しく理解しておく必要があります。

実際、日本の民間警備会社の中には「アメリカ大統領を警護した」と記載しているところも見受けられます。しかし、アメリカの警護事情を理解している立場からすれば、これは非常に違和感があります。
というのも、アメリカ大統領は現職・退任後を問わず、終生シークレットサービスによる保護対象です。たとえ安全な日本国内であっても、民間の警備会社に警護を委託することはまずあり得ません。
おそらくこうした民間企業が担っていたのは、大統領訪日時の最外層の交通整理や警備補助といった業務でしょう。それを「大統領の警護」と表現するのは、誤りではないにせよ、誇張表現と捉えられても仕方がありません。

同様に、「元首相のSP」といった肩書きを目にすることもあります。しかし、SPと一口に言っても、その役割は多岐にわたります。
総理大臣に付くSPの中でも、常に至近で行動を共にし、緊急時に命を賭して守るポジションはほんの一握り。その他は外周や連携業務を担うSPであり、いわば「チームの一員」としての役割に留まります。
したがって、肩書きやタイトルだけでその人の能力や経験を判断するのは危険です。

私自身、プロフィールに「日本人初の国連事務総長警護チーム配属」と記載していますが、この点も正確な理解が必要です。
国連本部警備隊には日本人が極めて少なく、私が知る限り、私が2人目の日本人です。したがって、特殊な部署に配属されれば、結果的に“日本人初”という肩書きになることが少なくありません。

また、「リーダーポジション」という表現も、役職名ではなく、特定の選抜試験と特殊訓練を修了した者だけが担う任務上の役割を指します。
このリーダー任務を担うためには、人生で一度しか挑戦できない特殊訓練に合格する必要があります。私自身はその訓練に合格した日本人唯一の隊員ですが、世界的には合格者は複数存在します。
そのため、勤務日の配置は状況に応じて変わり、常にリーダーとして勤務していたわけではありません

私は約10年間、国連事務総長の警護チームに所属し、新人教育にも従事してきました。その経験を通じて学んだのは、「肩書きよりも中身」が重要だということです。
タイトルや経歴の見栄えよりも、実際にどのような責務を果たしてきたのか、どんな状況でどう判断したのかこそが、真のプロフェッショナリズムを示すものです。

今後、海外や国際機関で警護業務を志す方々に、私の経験が少しでも参考になれば幸いです。
FJ Protection Serviceでは、こうした現場のリアルを基にした情報発信を行うとともに、ワークショップやセミナーを通じて、次世代のプロフェッショナル育成にも力を入れています。

「経歴を飾ること」ではなく、
真に現場で通用する実力を磨くこと
それこそが、Security Professionalとしての正しい道だと私は考えています。


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