先日、データセンターをはじめとする各種施設において、メディカルバッグの中にトルニケット(TQ)を入れるべきかどうか、そして TQ の利用に際して注意すべき点について、本ブログで触れました。
TQ は致死的な大量出血に対して極めて有効な装備であり、適切に使用されれば、救急車の到着を待たずに命をつなぐことができます。一方で、TQ は決して「誰が使っても安全な道具」ではなく、使用する側にはそれなりの知識と理解が求められる装備でもあります。
装着位置を誤る、十分な圧がかからない、あるいは逆に必要以上に締め付けてしまうなど、使い方を間違えた場合、助けようとした結果、かえって深刻な結果を招く可能性があることも否定できません。
TQ は非常に有効であるがゆえに、その扱いには慎重さが求められる装備だと言えます。
そうした流れの中で、最近 「スマートTQ」 と呼ばれる、これまでとは全く異なる発想のターニケットが市場に出ていることを知りました。
従来のように使用者の技量や経験に大きく依存するのではなく、電子制御によって自動的に圧迫を行い、誰でも簡単に使用できることを目指した製品です。

現時点では、日本国内で正式に販売されている様子はなく、日本のセキュリティ業界や医療・救急の現場において、その存在が広く認知されているとは言い難い状況です。
おそらく、まだ日本には本格的には上陸していない、あるいは少なくとも一般的な装備選択肢としては認識されていない段階なのだろうと思われます。
しかし、この「スマートTQ」という存在は、単なる新製品の話では終わりません。
「知識を前提とする装備」と「誰でも使えることを目指す装備」の境界はどこにあるのか。
これは、現代のセキュリティや救命装備全体に共通する、極めて本質的な問いでもあります。
今回取り上げるのは、Xmetix 社が開発した Smart TQ(TAK-710)です。
この製品はいわば、ターニケットを AED に近い思想で再設計したものと言えるでしょう。
セーフティを解除し、ボタンを押すだけで自動的に装着・締付・止血維持が行われ、使用者は複雑な判断や操作を必要としません。
メーカーは、四肢の太さに応じて適正な圧迫圧を自動で調整することで、締め不足や締め過ぎといった人為的ミスを減らすことを目的としているとしています。
暗所や高ストレス環境でも使いやすいこと、不慣れな人間でも迷わず操作できることが、この製品の大きな特徴です。
このアプローチは、特に高度な医療訓練を受けていない人間が最初の対応者になり得る環境や、大量傷病者が発生し、初動対応の速度が何よりも重要になる場面では、一定の合理性を持ちます。
「誰が使っても、ある程度同じ結果を出せる」ことを目指した思想は、確かに現代的です。
一方で、FJ Protection の読者である現場実務者の視点に立つと、冷静に検討すべき点も少なくありません。
まず前提として、Smart TQ は 電子機器 です。
従来の CAT や SOFTT-W などのターニケットは、構造が極めて単純で、過酷な環境下でも物理的に動作することが最大の強みでした。
それに対し Smart TQ は、バッテリー、モーター、センサー、制御回路といった要素を前提としており、必然的に故障モードは増えます。
現場で最も現実的な懸念は、
「いざという時にバッテリーが切れていたらどうするのか」
という点に集約されます。
メーカーは長期保管を想定した設計を謳っていますが、電子機器である以上、定期点検や使用期限の管理といった運用体制を組織として整備しなければ、装備としての信頼性は担保できません。
次に無視できないのが 価格 です。
Smart TQ の価格は 1本あたり 149 米ドル とされており、一般的な従来のターニケットと比較すると、3〜5倍程度のコストになります。
さらに、基本的には使い捨てであり、訓練用には別モデルが必要とされます。
従来型の ターニケット は、構造が単純で補充コストも比較的低く、訓練と実使用の差も小さいという利点があります。
Smart TQ はその代わりに、「誰でも使える」という思想を価格として支払う装備だと言えるでしょう。
これは性能の優劣ではなく、用途と環境の違いとして捉えるべき問題です。
さらに重要なのは、受け入れ側である医療機関との接続性です。
従来のターニケットであれば、装着状態を見れば医療従事者は即座に状況を把握でき、解除や処置の流れも標準化されています。
しかし Smart TQ のような電子制御トルニケットの場合、外見だけでは内部状態が分かりにくく、解除方法や異常時の対応について医療側が十分に理解していなければ、判断の遅れや操作ミスが生じる可能性があります。
止血そのものは成功していても、搬送後の引き継ぎ段階で混乱が生じれば、それは新たなリスクとなり得ます。
これは製品そのものの欠点というより、新しい装備を導入する際に必ず生じる知識の非対称性の問題です。
Smart TQ を現場に配備するのであれば、使用者だけでなく、救急隊や医療機関を含めた共通理解が前提条件となるでしょう。
結論として、Xmetix Smart TQ は
従来型トルニケットの完全な代替ではなく、特定のリスク環境における補完的装備
として評価するのが妥当だと考えます。
高度な訓練を受けたセキュリティ要員が常駐する現場では、従来型 TQ の信頼性と即応性はいまだに大きな価値を持ちます。
一方で、不特定多数が最初の対応者になり得る環境や、初動対応時の「迷い」を極限まで減らしたい場面では、Smart TQ の思想は確かに意味を持ちます。
また、Smart TQ のような装備は、現時点ではまだ特殊で高価な存在ではありますが、AED のように社会的な認知が進み、使用方法や位置付けが広く共有されるようになれば、大量出血時において比較的安全に利用できる Medical Tool として、将来的に広がっていく可能性もあると考えられます。
重要なのは、装備そのものの先進性ではなく、それを正しく理解し、適切な場面で使えるという共通認識が社会全体に形成されるかどうかです。
なお、Smart TQ については、価格が 1 本 149 米ドルと決して安価ではないこと、そして 現時点では日本国内で流通していない ことから、実際の導入や評価はもう少し先の話になると考えています。
しかし、新しい思想を持つ装備については、机上の評価だけで是非を判断すべきではありません。
FJ Protection としても、機会があれば Smart TQ を実際に購入し、装着性や作動の確実性、現場想定での使い勝手、そして従来のターニケットとの違いについて、実装を前提としたテストと検証を行ってみたいと考えています。
装備とは常に、
新しいかどうかではなく、現場で確実に機能するかどうか
で評価されるべきものです。
Smart TQ は、ターニケットという装備の在り方そのものを問い直す存在であり、だからこそ今、静かに注目されているのだと言えるでしょう。