警備・警護の現場で使用される金属探知機といえば、ウォークスルー型(WTMD)やハンドヘルド型(Wand)がよく知られています。前回のブログで取り上げたWTMDについては、警護官が警護業務で実際に使用することはほとんどありません。
一方で、ハンドヘルド型のメタルディテクター(以下、Security Wand)は、警護の現場でも意外と活躍の機会が多くあります。私が以前所属していた国連本部の国連事務総長の警護チームでは、Wandが2本、チームのトラベルキットの中に常に入っていました。
どのような場面で使用していたのかといえば、VIPが海外でホテル滞在中など、セキュリティチェックが通常行われない場所でインタビュー等を受ける際、限られた空間に第三者(インタビュアーやカメラマン)が立ち入る場合に、事前のセキュリティチェックを行うために使用していました。
相手の身体に直接触れずに検査ができるWandは非常に重宝されていました。もちろん、Wandがない場合はパッドダウンで対応可能ですが、特に海外では身体に触れる行為が後々トラブルの火種になるリスクもあるため、多少かさばってもWandは必ず持参するようにしていました。
Security Wandの市場

- Garrett(ギャレット)
世界的に有名な金属探知機メーカーで、空港やイベント現場などで使用される「Super Scanner V」というモデルが特に有名です。 - CEIA
イタリアのメーカーで、特に高性能・高感度な機種が多く、空港や政府施設で使用されています。たとえば「CEIA PD140N」などが挙げられます。 - Rapiscan Systems
アメリカのメーカーで、セキュリティ機器全般を手がけています。金属探知機だけでなく、X線検査装置なども有名です。 - Fisher
金属探知機の老舗ブランドで、ハンディタイプも製造しています。ただし、GarrettやCEIAに比べるとやや一般向け寄りです。
特に「プロの現場」で使用されているのは、GarrettかCEIAがほとんどです。CEIAは特に「超高感度」「微小金属検知」に強く、Garrettは「扱いやすさ・コストパフォーマンス」で選ばれることが多いようです。
国連本部では、警護チームだけでなく、本部の警備チームも私が所属していた当時はGarrett製のWandを使用しており、私個人もGarrettにはなじみがあります。しかしながら、日本帰国後は、CEIA製のWandを使用する機会が何度かありました。
Wandの使用基本ルール
Wandを使用する際には、以下の基本的なルールを守ることが重要です。
センシティビティ設定
通常はデフォルト設定で使用しますが、環境に応じて調整が必要な場合もあります。たとえば、高感度すぎるとベルトのバックルや小さな装飾品にも反応してしまうため、チェックする対象や場所に合わせた感度設定が求められます。
センシティビティ(感度)を上げるとどうなるか
- 小さな金属片(例:ピアス、ホッチキス針、細いワイヤー)まで探知できます。
- 一方で、スマホや鍵束などの「持ち物」への誤検知(false alarm)も増えます。
- セキュリティレベルが高い(例:空港、VIP警護)場面では高感度設定が使用されることが多いです。
センシティビティ(感度)を下げるとどうなるか
- 小さな金属は無視され、大きな金属(ナイフ、銃など)のみを探知するようになります。
- フローがスムーズになり、持ち物検査の時間が短縮されます。
- ただし、非常に小さい脅威(例:カッターの刃)を見逃すリスクがあります。
実際の設定方法(機種によるが一般的に)
- ボリュームつまみ式(Garrettなどに多い)
→ ダイヤルで強弱を調整します。 - デジタル設定式(最近のCEIAなどに多い)
→ 数字(レベル1~10)で細かく感度を設定可能。必要に応じて「標準モード」「高感度モード」のプリセットも使用できます。
現場での実務バランス
セキュリティの基本は「リスクベース」です。たとえば:
- 高リスク(国際会議、政治家、企業重役イベント)
→ 感度最大で、時間がかかっても確実性を重視します。 - 低リスク(学校イベント、スポーツ観戦)
→ 適度な感度で、効率を優先します。
ここで大事なのは、「高すぎる感度=完璧」ではないという点です。感度を上げすぎると、多くの人が引っかかって流れが止まり、かえって危険になる場合もあります。
検査のやり方(サーチパターン)※参考:TSA
全身を上から下へ、一定の速度でスキャンします。
- 体から2〜5cm程度離してスキャン
→ 直接ボディに触れず、軽くなでるように動かします。 - 全身をスキャンする
→ 頭から足先まで漏れなく。特にポケット・ウエスト・足首周りは丁寧に行います。 - 前後をスキャンする
→ まず前側、次に後ろ側。片面だけで終わらせません。 - 反応したら、もう一度スローで確認
→ 反応があれば、同じ場所をゆっくりもう一度スキャンして特定します。 - 一貫した動きで行う
→ 上半身→ウエスト→下半身と、毎回同じ順番で行います。 - 被検査者にわかりやすく伝える
→ 「これからスキャンします」「手を広げてください」など、一声かけます。 - 靴や靴の裏のチェックを忘れがちになるため、100円ショップなどで購入可能な小型の折りたたみ踏み台をWandと一緒に携帯し、そこに片足ずつ乗せて靴、足首まわり、靴底をチェックすると効果的です。ただし、関西万博で可搬型金属探知機「M2MDP」を提供する株式会社M2モビリティのように、シューズ専用の金属探知機「M2SMD」を開発・実用化している企業もあるため、こうした機器が利用可能であれば、そちらを使用するのも良いかもしれません。

現場でよく言われる注意点
- 絶対に無言で触れない(特に海外では大問題になります)
- 不自然な間(ま)を作らない(ぎこちない動きは不信感を与えます)
- 子供・高齢者には特に丁寧に配慮する
ペースメーカー等の医療機器への配慮
心臓ペースメーカーやその他の体内医療機器を装着している対象者には、Wandを使用しないか、別の検査方法に切り替える必要があります。これは、金属探知機が発する電磁場(磁界)がペースメーカーの動作に干渉するリスクがあるためです。
ほんの一瞬スキャンする程度であれば、実害はほぼないとされていますが、長時間Wandを胸部(心臓付近)に当て続けると、ペースメーカーが誤作動を起こすリスクがあるとされます。特に高感度設定では、磁界も強くなるため注意が必要です。
ペースメーカー装着者から申告があった場合:

- まず手帳や証明書を確認します。実際、国連本部でも証明書を確認していました。調べたところ、国内でもANAは同様に手帳または証明書を確認しているようです。(参考:心臓ペースメーカーや金属製の固定具がお体に入ったお客様|ANA)
- Wandを胸部に近づけない(肩から下、ウエストから下を中心にスキャン)
※リスクを避けるためにも、ペースメーカーが確認できた場合はWandの使用は避けるべきだと私は考えています。 - 検査対象者に説明して同意を得る(「Wandを使わず、手で検査します」など)
- 物理検査(パッドダウン)を代替手段として実施する
※国連本部ではペースメーカーの証明書確認後、同性のガードがパッドダウンで対応していました。
パッドダウンの基本ルール 参考:TSA
Wandが使えない、あるいはより詳細な検査が必要な場合には、パッドダウンが行われます。その際には次の点を守る必要があります。
- 必ず事前に説明する
→ 「これから手でボディチェックを行います」と伝え、被検査者の同意を得ます。 - 新しい手袋の使用
- 手のひらを使って行う
→ 指先だけでチョンチョン触るのはNGです。手のひら全体でやさしく、かつ確実に触れます。
- 全身を漏れなく、一定のパターンで検査する
→ 頭→肩→腕→胸→腹部→背中→腰→脚→足元と、常に同じ順番で行います。ランダムに触れると不信感や不快感を与えることがあります。 - 被検査者の体に過度に接触しない
→ 必要最小限の接触にとどめ、スムーズかつ丁寧に行います。不必要に長時間触れたり、同じ箇所を何度も触るのは避けるべきです。 - 異性の場合は同性の警備員で対応する
→ 国連本部をはじめ、多くの現場では基本ルールとなっています。同性のスタッフがいない場合には、できる限り被検査者の理解と同意を得たうえで実施し、第三者の立ち会いをつけるなど、慎重な対応が求められます。 - 被検査者のプライバシーに配慮する
→ 人目の多い場所での実施は避け、必要であれば目隠しや別室に案内することも検討します。
日本と海外におけるWandおよびパッドダウン運用の違い
日本と海外では、Wandやパッドダウンの運用において、法制度・文化・セキュリティ意識の違いから、アプローチや現場の実務が大きく異なります。特に、国際機関や大使館などでの経験と比較すると、以下の点で顕著な差が見られます。
1. 身体検査への抵抗感とその扱い
日本では、身体に触れることへの心理的ハードルが高く、パッドダウンを行うこと自体が稀です。被検査者の立場を過剰に尊重する傾向があり、たとえ金属反応があっても「口頭での確認」や「視覚による確認」にとどまるケースも見受けられます。一方で、海外、特にアメリカや国連施設などでは「反応があれば必ず確認する」が原則であり、パッドダウンの実施は日常的で、躊躇なく行われます。
2. 法的な位置づけと訓練水準
海外では、パッドダウンは多くの国で明確な法的根拠があり、訓練された者だけが適正手順で実施することが義務づけられています。たとえば、米国ではTSAや連邦機関のマニュアルに明確な手順が記載され、個人のプライバシーに配慮しつつも、安全確保を優先するスタンスが取られます。一方、日本では民間警備員に対して身体検査を行う法的根拠が曖昧なため、実施自体を避ける傾向があります。そのため、現場では金属反応があっても「明確な違反がない限り触れない」という判断を下されることが多いのです。
3. 性別対応の実効性
海外では「異性には絶対にパッドダウンをしない」「必ず同性スタッフが対応する」といった原則が徹底されており、それに応じた人員配置やトレーニングも整備されています。日本でも同性対応の原則はありますが、現場の人員体制が整っておらず「本来は避けるべき状況で実施されてしまう」例もあるのが現状です。
4. セキュリティと利便性のバランス感覚
日本では「利用者の不快感やクレームを避ける」ことが強く意識されており、多少リスクがあっても利便性を優先する傾向があります。たとえば、Wandの感度を必要以上に低く設定したり、明確な警報が出ても形式的に済ませてしまう場面も見受けられます。これに対して、国連や海外空港のようなハイリスク環境では「セキュリティが最優先」であり、多少の不便や苦情があっても毅然と対応します。
Wandとパッドダウン、それぞれの使い分け
Wandは、迅速かつ非接触で検査ができる便利なツールですが、全てをカバーできるわけではありません。反応があった場所の確認や、金属以外のアイテム(例:プラスチック製の凶器)をチェックするには、パッドダウンによる補完が必要になります。
また、Wandはあくまで補助的な道具であり、セキュリティの最終判断はオペレーターの経験と判断力に委ねられる場面も多くあります。したがって、どちらの方法にも精通し、状況に応じて最適な方法を選択・実行できることが求められます。
最後に
警備・警護の現場では、どんなにハイテクな機材があっても、それを扱う人の技術と対応力が最も重要です。特にWandやパッドダウンのように、被検査者と直接関わるプロセスでは、技術的なスキルだけでなく「人としての丁寧さ」「説明力」「安心感を与える対応」が大きく影響します。
日本国内でも、今後ますます重要人物の移動や国際的なイベントが増える中で、セキュリティ機材の正しい知識と運用方法を現場の警備員一人ひとりが習得しておくことが、全体の安全を支える大きな要素となっていくでしょう。
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