セキュリティ業界における「黙れない人材」の功罪

セキュリティの現場において、「」は最大の防御資産であると同時に、最大の脆弱性にもなり得ます。本稿では、私自身が現在直面している実体験を踏まえ、特定の個人を批判することなく、組織構造として何が問題であったのかを整理します。テーマは、セキュリティのバックグラウンドを持たないにもかかわらず、発言力だけを持ってしまった人材が、いかにしてチームと組織を蝕んでいくか、そしてそれを是正しないマネジメントがもたらすリスクです。

問題となった人物は、セキュリティ分野での実務経験や体系的な知識を持っていません。しかし、会議やブリーフィングの場では、自分より上位の立場の人間が説明している最中であっても黙っていられず、必ず何かを付け加えようとします。その発言の多くは、一次情報や公式な手順に基づくものではなく、「どこかで聞いた話」「一般論としてもっともらしく聞こえる話」に依拠しています。

ここで本質的なリスクとなるのは、知識不足そのものではありません。セキュリティの世界では、分からないことを分からないと認め、確認し、学ぶ姿勢自体は決して否定されるものではないからです。問題は、自身の理解が不十分であるにもかかわらず、その情報を検証せず、しかも自信を持って他者に伝播させてしまう行動様式にあります。極端な話、誤った情報であっても、それらしく伝えれば、その人物はそれをさらにそれらしく他の人に共有してしまう。その危険性を周りの数名は理解していました。

結果として何が起きたか。チームメンバーは少しずつ疲弊し、正確な情報を共有すること自体を避けるようになり、やがて静かにチームを離れていきました。これは感情的な衝突の問題ではなく、セキュリティ上のリスクを日常的に抱え込まされる環境からの撤退です。

さらに深刻なのは、この状況を把握できていない、あるいは把握していながら何も是正しない上層部の存在です。誤情報が拡散するリスク、指揮命令系統と情報統制が崩れている現実、人材が離脱していく因果関係。これらはいずれも管理職であれば認識すべき事象です。それにもかかわらず何も手を打たないのであれば、それは個人の問題ではなく、明確なマネジメントの不作為です。

セキュリティにおいて最も危険なのは、悪意ある内部犯行だけではありません。無自覚な誤情報の拡散、権限と責任の曖昧さ、そしてそれを放置する組織文化もまた、典型的なインサイダーリスクの一形態です。声が大きく、自信ありげに話す人間が、必ずしも正しいとは限らない。この当たり前の事実を見誤った瞬間から、組織のセキュリティは内部から崩れ始めます。

本稿で強調したいのは、誰かを排除すべきだという主張ではありません。必要なのは、発言の自由ではなく、発言と行動を統制する明確なルールです。誰が公式な説明者なのか、情報はどのルートで共有されるべきなのか、確認と補足はどのタイミングで行うのか。これらが定義されていない組織では、いずれ同じ問題が再発します。

セキュリティとは、個々人の正しさを競う仕事ではなく、組織として一貫した判断と行動を積み重ねる仕事です。人が辞めていく現場には、必ず理由があります。その理由に向き合わず、声の大きさや表面的な積極性を評価してしまったとき、組織は静かに、しかし確実に弱体化していきます。同じ違和感を抱えている現場の誰かにとって、状況を言語化する一助となれば幸いです。

付け加えておきたいのは、この人物の問題行動が「発言権の有無」と無関係に発生している点です。公式な説明者ではない、発言を求められていない、むしろ黙るべき立場であっても、その人物は沈黙を選べません。その背景にあるのは、議論や安全性への貢献ではなく、発言すること自体を自己の存在証明、すなわち名前を売るための手段として用いている姿勢です。

セキュリティの現場において、発言は評価のためのパフォーマンスではなく、必要性と正確性に基づく行為でなければなりません。発言権が与えられていない場での介入や、根拠の薄い補足は、本人の自己満足を満たす一方で、組織全体にとってはノイズであり、時にリスクとなります。発言の量や目立ちやすさが評価と混同された瞬間、セキュリティは静かに形骸化していきます。

さらに問題なのは、セキュリティという職務の本質を理解していないがゆえに、業務上不要、あるいは本来は共有すべきでない情報まで口にしてしまう点です。セキュリティにおける会話は、本来「必要最小限」「目的限定」「役割限定」であるべきです。しかしその人物は、場を盛り上げるかのように余計な背景説明や推測、私見を付け加え、結果として情報の粒度と機密性を自ら曖昧にしていきます。

これは単なるおしゃべりではありません。セキュリティの文脈では、余計な一言が誤解を生み、不要な関心を引き、場合によっては攻撃者にヒントを与えることすらあります。沈黙すべき場面で沈黙できない人材は、守秘・抑制・情報統制というセキュリティの基本原則を構造的に破壊します。

結果として起きるのは、極めて不健全な情報共有の分断です。その人物の行動特性を理解しているメンバーほど、本当に重要な情報、未確定情報、慎重な取り扱いが必要な内容を、意図的にその人物には共有しなくなります。これは感情的な排除ではなく、リスク回避としての自己防衛です。

しかし、この状態は組織にとって致命的です。本来、セキュリティチームは情報の集約点であるべきにもかかわらず、特定の人物を避けるために情報が選別・秘匿され、チーム内に“知っている人と知らされない人”が生まれます。こうして情報は属人化し、公式な共有ルートは形骸化し、組織としての意思決定能力は静かに低下していきます。


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