警備会社の「構造的な課題」と元制服組の壁

日本の警備会社には、元自衛官元警察官の方が多く在籍しています。
彼らは、0から警備員としてキャリアを始めた人たちに比べて、すでに高い規律性体力、そしてSecurity Awarenessを備えており、即戦力として活躍するケースが少なくありません。これは日本に限らず、諸外国でも共通して見られる傾向です。

しかしその一方で、元警察官・元自衛官の多くは、いわゆる「囲いの中」で職務を遂行してきた背景を持つ。
彼らも外部機関や一般市民と接する機会は多いが、それらのやり取りはあくまで法執行や任務遂行の一環であり、組織に金銭的利益をもたらす、あるいは新たなビジネス機会を創出する性質のものではない
そのため、業務上の外部対応が必ずしも「関係構築」や「信頼醸成」を目的とするものではなく、民間企業における交渉や顧客折衝とは根本的に性質を異にしている。
この構造的な違いが、コーポレート環境における対人スキルやビジネスマナーとの間に一定のギャップを生じさせる一因となっている。

そのため、社会経験が豊富に見えても、ビジネスマナーや外部対応の基本を知らず、結果として「威圧的」「無礼」と捉えられてしまう対応を取ってしまう方が少なくないのが現実です。
見た目は整っていても、コーポレートの世界で求められる“対人セキュリティ力”にはギャップが生じてしまうのです。


私自身も例外ではありません。
大学院を卒業後、国連本部警備隊に所属しました。外部との接触といえば、NYPD、DSS、Secret Serviceといった同業者ばかり。制服勤務時代に関わるのは、国連本部を訪れる観光客か、あるいは不法侵入を試みる者たち。
つまり、いずれも「顧客」ではなく、管理・警戒の対象でした。

警護任務においても、各国外務省職員や受け入れ先のPOCとの調整はありましたが、常にこちらが“お客様扱い”される立場。
そのため、礼儀や配慮を意識する必要がほとんどなかったのです。

結果として、コーポレートセキュリティの世界に転職した当初は、外部との接触に戸惑い、今思えばかなり失礼な態度を取ってしまっていたと思います。
これは決して個人の問題ではなく、業界全体に共通する文化的な盲点だと今では感じています。


最近、海外のエグゼクティブ・プロテクション企業から連絡を受けました。
同社の創業者が近く日本を訪問する予定であり、日本市場への進出を検討しているとのことでした。ネットワーク構築を目的として、同社の担当者から私にコンタクトがあったものです。

その趣旨自体は極めて前向きで歓迎すべきものでしたが、やり取りの過程で一つの違和感を覚えました。
担当者によれば、創業者のスケジュールが非常にタイトであるため、「あなたのほうから直接創業者に連絡を取り、日程を調整してほしい」との要望があったのです。
この担当者は元警察官でしたが、その発言や対応には、国際的なビジネス慣行との認識の差を感じました。

この出来事は、私が過去に日本国内で経験した類似の事例を思い起こさせました。
ある警備会社の社員(この方も元警察官)が、「うちの社長があなたに会いたがっている」と述べ、その社長の連絡先を一方的に送ってきたことがありました。
これら二つの事例に共通していたのは、相手にとっては“社長”や“重要人物”であっても、こちらにとっては必ずしもそうではないという点です。
むしろ、「自分にとって重要な人物に会う機会を与えてやっている」とでも思っているかのような態度が見受けられました。
しかし、本来であれば、自らにとって価値ある人物に会わせようと考える相手に対してこそ、最大限の礼節と配慮をもって対応すべきです。
それこそが、社会的・職業的成熟を示す基本的なビジネスマナーだと思います。

本来、興味や関心を持った側が日程を調整し、接触の機会を設けるのが正しい流れです。
一見些細なことのように思えますが、ビジネス上の信頼関係とは、こうした細部への配慮と誠実な行動の積み重ねによって築かれるものです。

なお、この海外企業のケースでは、最終的に創業者本人から直々に連絡がありました。
その方も元軍人でしたが、創業者として豊富な国際経験を持ち、極めて丁寧で礼節を重んじた対応をされていました。
その誠実さに深い敬意を覚え、私は面会を決めました。


最後に、本稿の背景について少し触れておきたいと思います。
今回このテーマを取り上げたのは、ここ最近、海外の警護会社――特にアメリカおよびイギリスの企業――から、日本を訪問するVIPの現地警護についての問い合わせが相次いでいるためです。
彼らは当然ながら、自国からすべての警護官を派遣するよりも、現地で信頼できるパートナー企業を確保するほうが、コスト面・運用面の両方で合理的だと考えています。
そのため、日本国内で協力可能な警護会社を探しており、私にもいくつかの企業から直接連絡がありました。

中でも、あるアメリカの警護会社とのやり取りの中で、印象的な話がありました。
その企業はすでに日本市場で一定のビジネス展開を行っており、現地窓口としてある某警備会社を利用しているとのことでした。
ところが、その窓口担当者の対応が非常に悪く、「誰もその人物と仕事をしたがらない」という声が社内外から上がっているというのです。
そこで、「日本での窓口をあなたにお願いできないか」という打診を受けました。

実は、その某警備会社については、私も以前からよく知っていました。
かつて別の案件で警備会社を選定する際、複数社を呼んで話を聞く機会があり、その中にその企業も含まれていました。
そのとき対応したのは今回とは別の担当者でしたが、非常に横柄な態度で、話の進め方にも誠実さが感じられず、私は即座に選定候補から外した記憶があります。
その後、別の経路でその企業の実態をより深く知る機会がありましたが、提供しているサービス内容自体は他社とほとんど差がないにもかかわらず、態度の悪さだけは一貫していたのです。
調べてみると、彼らは4号とは別に1号で大きな収益を上げており、資金的に非常に潤沢であることが分かりました。
つまり、警護事業単体で競争する必要が薄く、サービス品質よりも「立場の優位」に依存している構造がそこにあったのです。

こうした企業を海外のパートナーに紹介することは、私としてはできません。
国際的なビジネスの現場では、サービスの中身と同じくらい、人間としての礼節と対応力が重視されます。
どれだけ組織規模が小さくても、誠実で責任感のある会社こそ、国際的な信頼に値すると私は考えています。

そのため現在、FJ Protection Serviceでは、4号警備(身辺警護)を提供している国内企業のうち、業務提携まで至らずとも、海外案件を受け入れ可能なパートナー企業を募集しています。
日本の警備・警護業界の信頼性を国際的に高めるためにも、文化・マナー・業務品質を共有できる仲間づくりを進めていきたいと考えています。


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