スマホでゲームをする警備員という問題 ― Controlled Vigilanceの視点から

X(旧Twitter)上で「勤務中にスマホでゲームをする警備員は問題ではないか」という投稿に対し、「人間はずっと集中できない」「スマホを使うくらい誰でもしている」といった反論が複数寄せられている。
確かに、人間の集中力には限界があり、適度な休憩が必要であることは事実だ。しかし、その理屈を盾に業務中の行動を正当化することは、警備という職務の本質を見誤るものである。
本稿では、警備における集中と休息の関係、そしてその在り方について整理したい。

警備業務において求められる理想的な精神状態は、業務の性質によって異なる。
施設警備のように長時間にわたり警戒を保つ業務では「Controlled Vigilance(制御された警戒)」が、要人警護のように瞬間的な判断と反応が求められる業務では「Calm Readiness(落ち着いた備え)」が重視される。これらはいずれも、漫然とした注意でも過度な緊張でもなく、適度な緊張と冷静さを両立した状態である。

この状態を理解するうえで有用なのが、Jeff Cooperが提唱した Cooper’s Color Code である。
Condition White(無警戒)からCondition Yellow(落ち着いた警戒)、Condition Orange(特定対象への警戒)、Condition Red(行動)へと意識レベルを段階的に整理したもので、警備員に求められるのは通常、Condition Yellowの「落ち着いた警戒」状態である。つまり、周囲への注意を保ちながらも、過剰な緊張に陥らないことが求められる。過度な緊張は集中の持続を妨げ、逆に油断はリスクを見落とす。警備業務とは、この微妙なバランスを維持し続ける訓練の積み重ねである。

人間の集中力はおよそ3時間が限界とされており、それ以上続けると効率が下がる。したがって適度な休憩は必要不可欠であり、休憩時間の過ごし方は個人の自由である。

ただし、休憩中にスマートフォンゲームを行うことは、脳の報酬系(主にドーパミン)を過剰に刺激し、その後の集中維持に悪影響を与える可能性がある。ゲームの設計には短期的な達成感と報酬を与える仕掛けが組み込まれており、一時的な没入感を生み出す一方で、注意の切り替えや持続的な集中を阻害する要因にもなり得る。したがって、休憩中にゲームをすることを完全に否定はしないが、推奨される方法とは言い難い。

また、業務中に携帯電話を使用すること自体を否定する意図もない。連絡手段や緊急対応のために携帯を持つことは当然であり、状況によっては判断を支える重要なツールともなる。問題は、その使用目的とタイミングである。

実際、日本国内でも警備員がスマホゲームに没頭するあまり、背後に人が立っていることさえ気づかないという場面が確認されている。これは単なる注意不足ではなく、業務中の警戒意識がCondition White(無警戒)の状態に陥っていることを示しており、職業倫理以前に安全上の重大な問題である。

警備という職務は、”顧客“の安心と安全のために存在している。顧客が求めているのは「安心感」であり、警備員の暇つぶしではない。もし顧客が、勤務中にスマホでゲームをしている警備員を目にしたとき、その場に信頼を感じるだろうか。

警備員一人ひとりの行動は、所属する組織全体の信用にも直結する。管理職だけでなく、現場に立つ一人ひとりが自らを律し、顧客の視点から「どう見えるか」を考えることが、結果として警備業全体の信頼を支えることにつながる。

警備員の役割は、ただ立っていることではなく、「そこに立つ意味を体現すること」である
スマートフォンの画面に集中するあまり、その意味を見失ってしまえば、警備という職の本質もまた薄れていく。


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