―「そこにいる理由」を理解するプロフェッショナルへ―
近年、日本の警備現場を見ていて、強い危機感を覚えることがあります。
それは、「なぜ自分がそこにいるのか」を理解せず、ただ言われた場所に立っているだけの警備員が増えているという現実です。
与えられたポジションに配置され、形だけの警備行動をとる。
しかしその背後には、「目的意識」や「考える力」の欠如があります。
こうした人ほど、自身の保身には敏感で、責任を回避するための言葉だけは一人前というケースも少なくありません。
結果として、警備という職務を軽視しているのは社会ではなく、むしろ警備員自身なのです。
この仕事を「誰でもできる仕事」と錯覚し、自らの思考停止を正当化してしまうことこそが、現場の質を最も下げる要因です。
■ 顧客があってこその仕事
前回の記事で「勤務中にスマートフォンでゲームをする警備員」について触れましたが、今回のテーマとも根は同じです。
警備という仕事は、あくまで顧客の信頼を前提に成り立っているという基本を忘れてはなりません。
警備会社にとって、警備員は“商品”です。
言葉を選ばずに言えば、顧客は警備員という“商品”を通して安心・安全という価値を購入しています。
しかし、警備員は機械ではなく“人”であり、“プロフェッショナル”である以上、報酬を得ている限り、考え、判断し、改善し続けなければなりません。
警備に限らず、ビジネスではサービスプロバイダーは、「変化」と「結果」を提供して対価を得ています。
もしその変化が“勤務中にスマホを操作する姿”であり、その結果が“現場の緊張感の低下”であれば、
顧客がそこに価値を見出すことはありません。
顧客の視点から見れば、目的意識を欠いた警備員を配置するということは、
その施設の脆弱性を露呈することに等しく、結果として不審者や犯罪者にとって“狙いやすい場所”にしてしまうのです。
■ 事例①:Walk Through Metal Detector
WTMD(ウォークスルーメタルディテクター)は、毎日のキャリブレーションが欠かせません。
マニュアル通りに運用すれば一定の精度を保てますが、100%を保証するものではありません。
したがって、機械を補完する「人の確認」が不可欠です。
ある現場で、WTMDが金属検知に失敗し、禁止物の持ち込みを許してしまったケースがありました。
前述通り、WTMDは絶対ではありませんので良くはありませんが、仕方がない部分もあります。
しかし大きな問題はその後の対応です。
担当警備員は「WTMDのエラーだから自分の責任ではない」と主張しました。
しかし本当にそうでしょうか?
WTMDの異常を確認した時点で、再キャリブレーションを行ったのか。
責任者に報告したのか。
修理完了までの間に代替措置を講じたのか。
こうした対応は、警備以前に「社会人としての常識」です。
残念ながら、こうした当たり前の判断や行動を取れない人材が、学歴や経歴に関係なく一定数存在します。
それは、「考えないことに慣れてしまった」人たちです。

■ 事例②:交通誘導ポジションの判断
次に、交通整備業務の例を見てみましょう。

道路は2車線。Lane 1は左から右、Lane 2は右から左の進行方向。
Gateへの進入はLane 2からのみ可能。
任務は「Gateに入ろうとする車両の交通整理」。
この場合、警備員が立つべき位置はB地点、視線はCAR2方向が適切です。
なぜなら、任務の対象は“ゲートに入る前”の車両であり、車両の流れと自身の存在を最も把握できる位置がBだからです。
Aに立つと、ゲート前の車で視界が遮られ、後続車両を確認できません。
さらに、ドライバーからも認識されにくく、交通整理員としての機能を果たせません。
しかし現実には、Bにいてもゲート側(CAR1方向)を見ている者が少なくありません。
彼らは「ゲートに入った車」を見ることを業務の中心と誤解しているのです。
これはまさに、「なぜ自分がそこにいるのか」を考えない結果です。
■ First Aidを“他人事”にしてはいけない
欧米では、警備員の多くがFirst Aid(応急処置)の資格を持つことが義務または常識になっています。
一方、日本では推奨こそされているものの、必須ではありません。
しかし顧客の多くは、「緊急時に最初に駆けつけるのは警備員」であり、「怪我人が出れば対応してくれる」と当然のように思っています。
賢い警備会社はこの点を理解しており、WO(Work Order)に「First Aid資格は必須ではない」とわざわざ明記することもあります。
これは、海外では警備員が当然持っている資格だと誤解されないための対策です。
それでも多くのWOには、資格の有無に関わらず「怪我人発生時の初期対応」についての記載があります。
つまり、資格がなくても、警備員には初期対応が求められているのです。
それにもかかわらず、「上級救命講習」や「普通救命講習」など、無料または数千円で受講できる機会を活かさない警備員が少なくありません。
これは、考える力を欠いた結果に他なりません。
“もし自分が現場で倒れた人の唯一の希望だったら”と想像する力があれば、行動は自然と変わるはずです。
■ SOPではなくWOを意識する
このテーマに関連して、SNS上で「SOP(Standard Operating Procedure)」という言葉を挙げてくださった方がいました。
確かにSOPは重要です。
しかし、顧客が最も関心を持っているのは SOPではなくWO(Work Order) です。
SOPは“どうやるか”を示す社内基準であり、WOは顧客が求める“何をやるか”を明確に定義する文書です。
そしてこのWOこそが、警備契約の実質的な基盤であり、顧客と警備会社の双方が署名し、合意して初めてビジネスとして成立します。
つまり、WOに記載された内容は、顧客が求める最低限のサービス水準であり、警備会社がそれを履行する義務を負うものです。
もしその要求にそぐわない勤務や結果を出してしまえば、どれほど内部的に言い訳を並べても、最終的には SLA(Service Level Agreement)違反 として扱われます。
その結果、本来受け取れるはずの報酬が差し引かれたり、場合によっては契約自体を失うこともあります。
このように、SOPは「社内のやり方」であり、WOは「顧客との約束」です。
警備員が真に意識すべきなのは後者――顧客の期待と合意事項に基づく成果です。
日々の業務で何を優先すべきか、その答えはWOの中にこそ書かれています。
■ まとめ
一介の警備員にここまで求めてはいけないのかもしれません。
しかし、私自身、警備員として現場に立ち、マネジメント側・顧客側の両方を経験してきた中で痛感しているのは、
今後日本で警備員の地位やイメージを向上させるためには、警備員一人ひとりが“考える力”を養い、自ら判断して行動することが不可欠だということです。
警備の現場で最も重要なのは「考える力」です。
マニュアルは行動の指針であって、思考の代替ではありません。
機械も人も完璧ではない以上、状況を理解し、判断し、行動する“人間力”こそが最大の武器になります。
First Aidの資格も、WTMDの運用も、交通整理も、すべては“考える”ことで質が変わります。
その力が、警備員を「ただいるだけの人」から「プロフェッショナルなセキュリティ・オフィサー」へと昇華させるのです。
そして、こうした文章を読み、何かを感じ、考えることそのものが、この業界に一石を投じることになります。
警備という仕事に誇りを持ち、考えて行動する人が増えることを、私は心から願っています。
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