WMDの実情とセキュリティ業界での課題

日本では、空港職員や刑務所勤務など一部の限られた職業を除き、ウォークスルー型金属探知機(Walkthrough Metal Detector/WMD)に日常的に接する機会はほとんどありません。そのため、多くの人にとって「ゲート型金属探知機=なんとなく空港で通るもの」という程度の認識にとどまり、実際にどのような設定があるか、どのくらい精密に調整できるかについてはほとんど知られていないのが実情です。しかし、近年ではテロ対策や情報漏洩防止の観点から、データセンター、官公庁、大規模イベント会場などでもWMDの導入が進んでおり、より高いセキュリティレベルが求められる現場では、細やかな設定や運用管理が不可欠となっています。

WMDは、空港や刑務所などの重要施設でよく使用されるセキュリティ機器ですが、日本では空港や刑務所以外ではあまり利用されていないという現状もあります。しかし、セキュリティの観点から、これらの機器がいかに重要であるかを理解することは、どの業界にも通じる重要な課題です。
私個人としては、ギャレットの製品しか使用したことがないため、他のメーカーに関する知識は限られていますが、以下の情報は一般的な業界動向に基づいています。

世界と日本の主要WMDメーカー/販売会社

現在、WMD市場にはいくつかの「世界大手」と「日本国内の大手」が存在しています。

メーカー本拠地特徴
Garrett Metal Detectorsアメリカ・テキサス州世界中の空港・矯正施設・イベントで採用される老舗メーカー。耐久性・信頼性が高く、操作も比較的容易。代表機種:PD 6500i、MZ 6100。
CEIAイタリア・ヴィチェンツァ超高感度・高精度を誇る。国際空港や政府施設での採用が多い。特にゾーン分割検出に強み。代表機種:HI-PE Plus、SMD600 Plus。
Rapiscan Systemsアメリカ・カリフォルニア州主にX線検査装置で有名だが、WMDも手掛ける。政府系案件に強い。
Smiths Detectionイギリス・ロンドンハイエンドな空港向けセキュリティ機器の開発・販売。WMDも医療レベルに近い検査精度を持つ。

この中で、日本で特に多く導入されているのは、GarrettCEIAです。

日本国内の主要メーカー・販売代理店

日本では、海外製のWMDを輸入・販売・メンテナンスする形が主流です。代表的な企業は以下のようです。

企業名特徴
NECプラットフォームズCEIA製金属探知機の正規代理店。官公庁・空港向け案件が中心。
東芝インフラシステムズ主にCEIA機を取り扱う。施設セキュリティ全般をサポート。
アメリカン・テクノロジー・ネットワークス株式会社(ATN)Garrett社の金属探知機を輸入・販売。空港やイベント向け。
双葉電子工業セキュリティゲート型装置を幅広く販売。
日通システム株式会社物流セキュリティ機器の一環として、WMDも取り扱い。

また、独自開発の国産機種は少なく、ほとんどがGarrettやCEIA製をベースにした輸入品に、日本仕様のカスタマイズ(例:日本語UI、メンテナンス対応)を加えて提供しているようです。

WMDにおける「センシティビティ(感度)」設定とは?

WMDの「感度」とは、簡単に言えばどれほど小さな金属片でも探知できるかを指します。GarrettやCEIAなど世界大手の製品では、非常に細かい調整が可能です。たとえばGarrettのPD 6500iでは;

  • センシティビティ(感度)0~200段階調整
  • 33ゾーン検知システム
  • 頭部、胸部、下部などゾーンごとに感度を独立調整可能
  • 小型金属専用モード搭載

このため、単なる拳銃・ナイフ検知だけでなく、スマートウォッチ、USBメモリなど極小デバイスも検知対象にできます。

また、近年ではリチウム電池搭載機器やIoTデバイス(例:スマートリング、電子タバコ等)など、従来想定されていなかった新たなリスクにも対応する必要が出てきています。これらを確実に検出するためには、センシティビティ設定だけでなく、アラームのしきい値や検出ゾーンの最適化も併せて考慮する必要があります。

どれくらいの感度で使われている?現場例

WMDの感度設定は、現場によって異なります。以下は目安例です。

使用環境センシティビティ設定の目安備考
空港(通常便)120~150鍵、時計、財布程度で反応。スマートウォッチは拾わない場合あり。
空港(ハイリスク便)150~180小型刃物、スマートウォッチ、USBメモリも検出対象。
データセンター160~190持ち込み禁止のスマートデバイスを確実に検出。
刑務所180~200(最高感度付近)カミソリの刃、細い針、微細な金属片も検出。

スマートウォッチやスマートフォンを確実に拾いたい場合は、最低でも160以上、場合によっては180近くまで感度を上げる運用が必要です。

センシティビティ設定の重要性

WMDの精度や性能は、どれだけ高機能であっても、最終的には「センシティビティの設定次第」という現実があります。実際、WMDは高感度に設定すれば、細かい金属片や隠し持っているデバイスをも検出できますが、その反面、通行人の快適さを損ねることなく運用できるかどうかが大きな課題となります。

さらに、WMDは環境要因(例:周囲の金属構造物、床材、気温、湿度など)にも影響を受けやすいため、現場ごとのキャリブレーション作業(環境適応調整)も非常に重要です。こうした点を怠ると、せっかくの高性能機でも本来の力を発揮できません。

特にビジネス環境では、セキュリティ vs 便利さのバランスを取ることが必要です。例えば、ストックホルダー(株主や重要な関係者)の便宜を考慮し、意図的にセンシティビティを調整して最適なラインを狙うことが求められます。セキュリティを最大化したいが、過剰に敏感にしすぎると業務の円滑さに支障をきたすという微妙なラインを引く必要があります。

WMDのオペレーターは、WMDが反応した場合の対応についてもしっかりと熟知しておく必要があります。通常は、まず通過者本人に対して、金属類を身につけていないか再確認を促し、そのうえで再度WMDを通過してもらいます。それでもWMDが反応した場合、何回まで再通過を許容するのか、何回目でハンドヘルド型金属探知機(Hand Held Metal Detector / Security Wand)に切り替えるのかといったポリシーやスタンダードを事前に確認しておくことが重要です。さらに、Hand Held Metal Detector/Security Wandでの検査時には、WMDで反応を示したゾーンだけを重点的に調べるのではなく、通常通り全身をくまなくチェックしなければなりません。オペレーターによって対応が異なるといった事態は、セキュリティの信頼性を損なうため、絶対に避けなければなりません。

WMDは、金属が存在する部位をゾーンごとに識別し、通常はライト表示等でオペレーターに知らせる機能を備えています。そのため、通過者に対して、どの部分を重点的にチェックすべきかを指示することも可能です。加えて、ペースメーカーや体内埋め込み型医療機器などの装着者に対しては、WMDを通過させず、別途適切な対応をとる必要があることも十分に理解しておかなければなりません。

セキュリティのプロとしての矛盾

セキュリティの専門家として、私はよく感じるのは、セキュリティ対策の現場で「Trust」という非論理的な言葉が頻繁に使われがちだということです。もちろん、「Trust」が重要であることは理解していますが、セキュリティにおいては0か100であるべきだと考えています。中途半端な「Trust」によってセキュリティを緩めることは、本来許されるべきではありません。

例えば、国連本部では、正規の職員に関しては、スーツケースなどの大きな荷物を持たない限り、セキュリティチェックを受けることはありません。このようなケースでは、まさに「Trust」が根拠となっています。一方、ベンダーなど外部の人間に対しては、毎日通っていても毎回スクリーニングが必要です。これはセキュリティ上のリスク管理として当然です。しかし、職員に対してもスクリーニングを行うべきという矛盾を抱えながら、彼らの便宜を考慮してWMDのセンシティビティが意図的に下げるぐらいならこれぐらい潔くやらないという判断の方がよっぽどましだし筋が通っていると思っています。

ちなみにWMDではありませんが、職員であっても車で通勤する場合には、車のチェックは行われます。これは車の下などに他の人に何か仕込まれる可能性が高いためです。

まとめ

セキュリティ業界では、「Trust」という曖昧な言葉に頼らず、正確で論理的な判断基準をもって運用することが不可欠です。特に、WMDなどの高度な機器を扱う現場では、センシティビティの設定がそのままセキュリティレベルに直結するため、常にセキュリティと便宜のバランスを取ることが求められています。

特にビジネス環境では、便宜を図りながらもセキュリティを損なうことなく運用するための最適解を見つけることが非常に重要です。自分が関わっている現場では、できる限りセキュリティレベルを高く保ちつつ、便宜を最大限考慮して運用していますが、その中で生じる矛盾やリスクもきちんと認識して、常に最適な判断をすることが大切です。

警護業務においては、警護官がWMDのオペレーションを行う機会は通常多くありません。しかし、大規模なイベントや国際会議等における先着警護では、アクセスコントロールの状況をチェックし、安全性を確認する場面が発生します。その際、WMDの運用や設定に関する基本的な知識を持っていることは、現場全体のセキュリティ評価において有用です。警護担当者がWMDの仕様や運用上の注意点を理解していることは、万一の際の対応力を高め、護衛対象者の安全確保にも間接的に寄与します。したがって、警護においてもWMDに関する知識を持っておくことは決して無駄ではありません。

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