侍の遺伝子が関係していることが原因なのかは分かりませんが、著者は日本の警護が武士道の影響を強く受けていると感じることが良くあります。防弾カバンについて取り上げた際にも書いた通り、その気はないかもしれませんが、SPの警護訓練等の動画を見ていると、相手からの攻撃をドシッと真正面から受け、それを跳ね返すことこそ警護の神髄であると信じているように著者には見えてしまいます。
「先手必勝」なんて言葉もあるように、攻撃を受けてからではないとアクションを起こすことが出来ない警護側にはどうしてもハンデがあります。だからこそ、そのハンデを少しでも埋める準備を常にすることが警護には求められます。どういうことかと言うと、海外では「受ける」というワンクッションを省き、攻撃を受けたら直に「Evacuation」、つまり避難を開始するということです。
防弾カバン以外にも、万が一の際にはとにかく避難という意識が日本の警護では低いことが分かるアクションがあります。それは車両からのドロップオフの際のドアの開閉状態です。日本では、対象者が目的地に到着し、車から降りると警護官がすぐにドアを閉めるという場面を何度も見ています(参照①)。しかし、特に対象者がその現場に来ることが周囲に事前に知らされている場合、警護は目的地到着時に襲撃を受けるリスクを最初に考えます。そして、そういった理由から、安全が確保されるまで対象者が座る側の後部座席のドアは開けたままにするのがセオリーです(参照②)。車から降り、目的地の建物に入る前に襲撃をされた際、どこに対象者を逃がすのか。普通に考えれば、少なくても建物内に逃げるよりも安全が確認できているため、今乗って来たばかりの車の中に避難させます。その際、ドアが閉まっていればまた開けるという余計な動作が入り、数秒かもしれませんがロスが生じてしまいます。警護の人数が多い場合には、対象者が目的地に向け歩きはじめ車から離れたら、車両と一緒に残る警護メンバーがすぐにVC(対象者が乗車する車両)の傍に移動し、緊急避難をする際にはサッとドアを開けるという対応をしているのも見たことがありますが、ドアの開閉に1人割くことに意味があるのかは疑問です。
ドロップオフ(降車方法)には2通りあり、通常のドロップオフは英語ではオーソドックス、もしくはコンベンショナル、そしてもう一つドロップオフはアンオーソドックスもしくはアンコンベンショナルと言います。警護対象者は通常、助手席の後ろ側に乗せます。これは万が一何かがあった際、助手席に乗る警護官がすぐ対象者にアクセスできるようにするためです。つまり右ハンドル車であれば、通常警護対象者は左側の後部座席に座ることになります。そして、この時に目的地が左であれば、オーソドックス、もしくはコンベンショナルとなり、逆に目的地が右にある場合にはアンオーソドックス、もしくはアンコンベンショナルとなります。アンオーソドックス/アンコンベンショナルの場合、対象者は下車し、車の周りをぐるりと周って建物に入るようになります。つまりそれだけ距離が長くなり、露出時間が増えます。警護はこれを嫌うため、出来る限りオーソドックス/コンベンショナルになるようにルート選択をします。しかし、どれだけ頑張ってもアンオーソドックス/アンコンベンショナルになってしまうのを避けられない場合もあります。他にも、日本の場合、左側通行、右ハンドルの国産車が基準の街づくりがされているので、ベンツなど左ハンドルの輸入車を警護に使う際、国産車を利用するよりも立地上アンオーソドックス/アンコンベンショナルになりがちな傾向があります。アンオーソドックス/アンコンベンショナルドロップオフには、いくつかの対処方法があります。1つ目は、身軽な対象者で右後部座席に人が乗ってない場合には、到着後に車内でオーソドックス/コンベンショナルになるように移動してもらうという方法です。日本のように安全と言われている国では、セキュリティよりも便宜を優先し、目的地がアンオーソドックス/アンコンベンショナルドロップオフだと分かっている場合には、最初からオーソドックス/コンベンショナルになる側の席に対象者を座らせることもあります。そして2つ目の対処方法は、対象者が下車したらすぐにそのドアは閉め(参照③)、逆側(目的の建物側)のドアを開け(参照④)、もし襲撃された際にはすぐに車内に対象者を押し込むことが出来るようにする方法です。
対象者にゲストがいる際には、更に到着時の車のドアの開けるタイミングも考える必要があります。誤っても左右のドアを同じタイミングで開けることがないようにしなければなりません(参照⑤、⑥)。これにも2つ方法があります。1つ目は、まずゲスト側のドアを開け、ゲストが下りたらすぐにドアは閉めます。そしてその後、対象者を車から降ろすという形です。ゲスト側は対象者よりも歩く距離が長いので先に降ろすことでゲストが慌てずに対象者と一緒に目的地である建物に入ることが出来るというメリットがあります。しかし、対象者がまだ車内にいる状態でゲスト側のドアを開けることで、沿道側から車内にいる対象者が見え、そして狙うことも可能だと考えることも出来ます。あまりに脅威が高い対象者であったり、沿道側に大勢の人が集まっている場合には、ゲストがいない通常のドロップオフと同様に先に対象者を下ろし、その後ゲストという形もあります。この辺は、対象者の脅威や、現地の状況によって警護官が臨機応変に対応しなくてはなりません。
このように警護では、常に1分1秒でも早く安全な場所に避難出来るように、一つ一つの動きに意味があり、その積み重ねによって緊急時にシームレスな避難が出来るようになります。防弾カバンのような動きを一瞬でも止まらせてしまう装備の見直しも必要ですが、警護官1人1人が自分で考え、1秒でも早く危険を回避するための動きが出来るように徹底させる必要性もあるのではないかと思います。
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