ミスからのリカバリー

2022年7月8日、日本のみならず世界を驚かせた安倍元総理襲撃事件が起きました。それから僅か17日後の同年7月25日には、首都高で故安倍晋三元総理の夫人(安倍昭恵氏)を乗せた警護車両が事故を起こしたとニュースで報じられました。幸いこの事故によるけが人などはいなかったということですが、警護では事故の大小に関係なく事故を起こしてしまった時点で任務失敗です。

(動画引用元)ANN

著者は国連時代に多くのSPの方々と一緒に働く機会がありました。一緒に働いた方々は、例外なくどの方もとてもまじめで完璧主義者でした。まじめで完璧主義者が多いことは良いことであるのですが、同じような考え方の人間が集まる組織は弱体化します。逆に色々な知恵が入り込む組織は創造性が向上すると言われています。安倍元総理の事件後、警護体制の見直しが話題にあがりましたが、本気で改善する気があるのなら大相撲の横綱審議委員のような外部の有識者の意見を取り入れる必要があります。なぜこんなことを書くかといえば、今回のような警護車両による交通事故がこれまでに何度も起きているにも関わらず、大きな改善や対策が見られないからです。

奇しくも2013年には亡くなられた安倍元総理が乗る警護車両が首都高の料金所で玉突き事故を起こしています。他にも2019年には大阪が行われたG20で中国の習近平主席らを乗せた車列の警護中の警察車両が横転する事故もありました。運転していたのは警護ではなく宮内庁の職員でしたが、2016年には秋篠宮妃希子さまと悠人さまが乗る車が追突事故を起こしたこともありました。実は、前述のG20大阪では国連事務総長の警護車列もあとちょっとで衝突事故ということがありました。その際は、車列を先導する警察車両が曲がるはずの道を見逃したことで急ブレーキを踏んだことが原因でした。

道を間違えることはかなり初歩的なミスです。こうしたミスがないように、運転手は完全に道を覚えておく必要があります。ドライランを何度かすることで道を間違えるというミスはかなり減ります。しかし、毎回毎回ドライランが出来るだけの時間的余裕があるとは限りません。ドライランが出来ない場合には、Google Mapのストリートビューなど様々な便利なツールを最大限に利用して道を覚えるようにします。

ただ、どれだけ頑張っても、人間ですからミスをすることがあります。完全な人間なんていません。だからこそ、ミスをした時の対処法もしっかり準備し、頭の中に入れて置く必要があります。ミスへの対処法で一番大切なことは、とても簡単です。ミスをしても構わないという気持ちです。「ミスは出来ない」、「ミスは出来ない」なんて考えていると無意識に身体がガチガチになってしまってかえってミスを犯してしまいます。人間である限り、ミスは当然ぐらいの気持ちでやることで良い感じに無駄な力みが抜け、より良いパフォーマンスが出来ます。

これまでにも何度も書いていますが、警護は一人では出来ません。警護はチームで行うものです。チームメイトにミスをさせまいと高圧的な態度をとることも逆効果です。車列を先導する警察車両を運転する巡査を、車列の指揮を任されていたSPが「おいさん、○○しろよ」、「さん、なんで○○できないだよ」と名前すら呼ぶことなく、かなり高圧的な態度で矢継早に命令をするのを間近で見たことがあります。案の定、カチカチに緊張してしまったその巡査長は、車両を壁に擦ってしまいました。直ちに壁に擦ってしまった車両と運転していた巡査長は交換されたのですが、新たに車列に加わった車両の運転は、巡査長に圧をかけていたSPの上司でした。そこからは逆に運転する上司から「○○、スピードはどうするんだ」、「○○はやく決めろよ!」と圧をかけられ萎縮してしまい、結果的に的確な指示が出来なくなり、車列後方の随員車が車列からはぐれてしまうという事態が起きました。適度の緊張は良いのですが、必要以上の緊張は決して良い結果が出ません。国連警備隊にも警察や軍同様に階級があります。しかし、よりよいパフォーマンスの為に、警護の任務にあたる際はその階級にはとらわれず任務にあたっています。

前述の道を間違えてしまった際の対処としては、曲がるべき道を見逃しても慌てず、急にブレーキを踏むようなことはせず、そのまま運転し続けることです。もちろん、予定外の道を走ることにはそれなりのリスクもありますが、急ブレーキを踏み衝突事故を起こすよりよほどマシです。土地勘があるVIPの場合には、「なんで今の道に行かなかったんだ」なんて言ってくることがあるかもしれません。そんな時には、嘘はいけませんが、わざわざ馬鹿正直に間違えたことを伝える必要はありません。「ルーティンになることを避けるために今日はあえてこちらの道を選びました」などと答えるなどいくらでもリカバリーが可能です。

ただどんなに頑張っても事故に遭ってしまうことはあります。しかし、以前に「交通事故対応」にも書きましたが事故に遭った場合でも、そこで警護がストップしてしまうことはさけなければなりません。

最後に記事冒頭の昭恵夫人が乗る警護車両の追突事故について、個人的見解を書かせて頂こうと思います。物損事故の場合は通常、警察に通報し、事故相手と連絡先の交換、保険会社に連絡、損害確定の資料を用意し、示談交渉を行うという流れです。ニュースの情報だけだと詳しい状況は分かりませんが、昭恵夫人の事故では一般車両を巻き込んでいなかったようですし、上記の物損事故の手続きを考えれば、自走が可能ならその場に停車して、一般の目に触れ、恥の上乗りをするよりも目的地なり、もっと一目のつかない場所などに移動するなどの対処が出来てもよかったのではないかと感じました。

以前から何度も書いている通り、警護は臨機応変な対応が求めあれる仕事です。それは、ミスをしてしまったときにも言えることです。形式に乗っ取った対応が必ずしも最善の対応とは限りません。だからこそ、平常心を保ち、その場その場で最良の選択が出来るような環境をチームとして築いていくことが大切だと考えます。


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