これだけ色々と記事を書いてきましたが、残念ながら日本の警備業の現状も相まってか、まだまだ警護のことを正しく理解して頂けていない方が多く、誰にでもすぐに出来ると勘違いされている方がいます。建築の知識や経験がなくいきなり家を建てることができますか、医学の知識や経験もなく外科手術ができますか、同じように警護もやはり素人には出来ません。
建築士や医師と違う点は、大学等の学校に通い国家資格を取得しなくても、4号のサービスを提供している警備会社にさえ勤めれば、誰でも警護の職に携わるチャンスがあることです。しかし、警護のサービスを利用する顧客の多くは、それなりの地位にある方が多く、そうした顧客はサービスに対してとてもシビアな目を持っています。同じ所属であっても、全ての警護員が同じレベルのサービスを提供できるわけではありません。実際、国連本部で務めていた際も、警護対象者は見ていないようできちんと見ていて、対象者によっては「私の警護には、できればA,Bを、そして間違ってもC、Dは付けないで欲しい」なんてリクエストもありました。驚くことに、対象者には各警護官のバックグラウンドは伝えていないにも関わらず、CやDはAやBに比べて経験や訓練が足りないことを完全に見抜いていました。警護業では、知識や経験が物を言う世界だというのはこうした背景が大きく影響いるに違いありません。
警護員は『まがい物』ではない、どんな顧客でも満足させる『正真正銘の警護』を提供しなければなりません。しかし、十分な知識と経験もない経営者や指導者しかいない警備会社が提供できるのは当然まがい物の警護でしかありません。運よく1度目が何も起きずに済んだとしても、まがい物のサービスに2度目はありません。警護だけに限らず、警備もそうですが、『安全』だけでなく『信用』を売る仕事です。厳しい言い方になってしまいますが、プロ意識のある経営者なら、身元が定かでない日雇い労働者や、訳ありでまともな仕事が出来ない人たちを雇い、新任教育だけ受けさせて警護のサービスを提供しようとは思わないでしょう。しかし、残念ながら、安く雇用できるこういった人材を活用しようとする経営者もいます。警護が専門職としてきちんと認識される為にも、そういった経営側の意識改革が必要不可欠です。
身辺警護のことを英語で、「Close Protection」というのですが、イスラエルのSecurity Crisis Solutions (SCS)のCEO、Daniel Weil 氏は「Close(近接)」というだけに常時、依頼者のすぐ傍にいますし、警護をする上で依頼者のことを深く理解する事も必要な為、親密な関係になります。だからこそ、警護員には高いコミュニケーション能力、高いEQ (Emotional Intelligence Quotient)、誠実さが求められると言っています。
高いコミュニケーション能力には幅広い知識が必要になります。著者が良く行く床屋の理容師が、著者が以前アメリカで暮らしていたことを知ると、アメリカでどんな仕事をしていたのか聞いてきました。国連に勤務していたと伝えましたが、残念ながらその理容師は国連のことを知りませんでした。そして、そこで話がぶつりと切れてしまいました。何でもかんでも知っている必要はありませんが、新聞やニュースを日々チェックし、今世界で何が起きているかぐらいは知っておく必要があります。
EQは「心の知能指数」で、情動をいかに自身で抑制、コントロールできるかを計ります。心理学博士のダニエル・ゴールドマン氏によれば、EQは以下の5つの能力だと言っています。
①Self-Awareness(自己認識)
②Self-Regulation(自己抑制)
③Motivation(動機づけ)
④Empathy(共感性)
⑤Social Skills(ソーシャルスキル)
警護に限らず、最近はIQよりもむしろEQが求められる傾向にあるようです。著者は日本帰国後、メンサ会員と一緒に働く機会があったのですが、この方は残念ながらIQほどのEQは持ち合わせていなかったようで、正直その働きは期待外れでした。こういう方は、当然ながら対象者に合わせることが出来ないので、どれだけIQが高くても警護は無理です。
そして最後に誠実さですが、対象者もいつもすぐ傍にいるので、一緒にいて楽しい人が良いに決まっています。しかし、嘘をつくことは許されませんし、楽しさを求めるばかりではなく、必要な時にサッと切り替えて行動に移れる人でなければなりません。
国内外関係なく活躍できる本当の意味での警護員になるには、犯罪歴などがないクリーンなバックグラウンドは大前提ですが、ヤル気があり、年齢的にも若く、十分な体力もあり、精神的にも成熟した、嘘をつかないまっすぐ正直な性格の、そして0からでも習う気持ちがある人が、知識と経験がある指導者・経営者に出会う必要があります。ただ、この志望者と指導者・経営者とのマッチングが意外に難しいのが日本の現状なのです。
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