以前にも書きましたが、国連本部の保安局には約60の異なる国の出身者が在籍しています。警護チームも10以上の違う国の出身者によって構成されていました。国が違えば、当然ながら文化も常識も異なります。自分にとっては普通でも、相手にとっては普通ではないということもよくあります。同一民族の割合が全人口の大多数(95%以上)を占める日本では、言わなくても通じる場合も多いのですが、海外では言わないと通じないことの方がむしろ多いくらいです。チーム間に感覚のズレがあるなか警護に当たれば、いずれ大きな問題が生じます。
2011年にアメリカのバージニア州を震源とする地震が発生した際、ニューヨークシティでもかすかに揺れを感じました。地震がほぼ起きないニューヨーク州では、かすかな揺れだったにも関わらず、多くの人がパニックになりました。他の人よりも地震の知識と経験があった私は、揺れの大きさから避難をさせるほどでないとすぐに判断が出来ましたが、初めての地震だったために判断を誤り、クライアントを建物の外へと避難させてしまった同僚もいました。これは地震が起きることを想定しておらず、チーム内で地震のような自然災害に対しての対応について取り決めがなかったために、判断を個人の経験に委ねてしまったため、判断の相違が生じてしまった良い例です。
そこで国連本部の警護チームでは、国連のコアバリュー(Core Value)の1つであるカルチャーダイバーシティを尊重(Respect Culture Diversity)しつつ、チームに新しい隊員が入るたびにスタンダードを合わせる作業を必ず行います。これにより互いの文化を理解し、尊重したうえで感覚のズレによるミスを最小限に抑えることが可能になります。左から迫る脅威に対しても、銃を持った相手であれば「ガン レフト!」、ナイフなら「ナイフ レフト」、これが背後から脅威なら「ガン リア」、「ナイフ リア」とあらかじめチーム内で決めておくと皆が瞬時に適切な行動が出来ます。(※「緊急時におけるボディガードの行動連鎖」も合わせて読んで頂けると理解がより深まると思います)。
警護用語も全員が全く同じ訓練を受けていればよいですが、異なるバックグラウンドのチームメイトがいる場合には用いるタームに相違がないか確認することも重要です。Aチームでは、AIC (Agent in Charge) というタームを用いているからといって、Bチームでも同じように使っているとは限りません。ニューヨークの国連本部では、チームの指揮官をTL (Team Leader)と呼んでおり、TLは車移動の際、クライアントが乗る車両(以下「VC」)の助手席にポジションを取ります。しかし、同じ国連でもフィールドではTLは、本部とは異なりVCのすぐ後ろを走る警護車両(S1)の助手席にポジションを取ります。警護に関する最終決定権を有す指揮官は、車列をコントロールするS1の助手席にポジションを取るフィールドスタイルがベストでと個人的には思っていますが、組織毎にそれぞれ異なる考えがあるので、所属先のスタイルを受け入れるしかありません。このように同じタームであっても、ポジションが異なることもありますので注意が必要です。
上記のような文化や所属する組織等の違いによる感覚のズレは、多人種間でのみ生じることではありません。日本人同士でも出身地や異なる経験等から常識や文化の違いが生じる場合があります。関東と関西ではいくつもの異なる文化が存在していることは良く知られています。例えば、関東で「たまごサンド」と言えば、ゆで卵をほぐしてマヨネーズなどと和えたものを挟みますが、関西の「たまごサンド」は厚焼き玉子を挟むのが一般的だそうです。このような同じ言葉であっても、地域によって全く違うものを意味する言葉はこのほかにも多く存在します。こうしたことから、たとえ日本国内で日本人だけで構成されているチームであっても、やはり実際に警護をする前には互いを知りスタンダードを合わせる作業が必要となります。
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