護身術の前に始めるSA防犯術

日本では通り魔事件が起きるたびに、護身術など万が一そういう場に居合わせてしまった際の対処法の話題でいっぱいになります。2021年8月6日に小田急線の車内で起きた刺傷事件後も例に洩れず、色々な方がSNS上で対策法を紹介しており、そのおかげで著者もいままで知らなかった護身方法を学ぶことが出来ました。しかし、武道や格闘技をベースとした護身術で身体がスッと動くほどのレベルにまでなるには、それなりの時間と労力を要します。

元United States Army Special Forces (グリーンベレー)のRobert Scali氏は、著書「Close Protection Training Manual」の中で、「History has shown us that there are no winner in a blade battle, only fortunate survivors(ナイフ等の刃物を用いた戦いに勝者なし、いるのはラッキーな生き残りだ)」とも「The edged weapon is the most dangerous of all weapons that an operator will encounter(ボディガードが相対する武器の中で最も危険なのが刃物だ)」だとも述べています。訓練を積んだソルジャーですら、こうした考えを持っているのです。

日頃から武道や格闘技等を護身術として学び、事件現場となる場所に不幸にも居合わせてしまってもパニックにならず、適切な判断が下せるようになることはとても大事だと思います。ただどれだけ護身術のプロになろうとも、練習(訓練)と現実は異なるので、リスクを考えれば戦わないことが一番です。逃げることこそが最大の護身術だという意見もSNSで良く見かけるようになりましたが、著者もストリートでは戦うことよりも逃げることの方が良い選択だと思っています。

ただSNSで見かける意見は、戦って身を護るか、逃げて身を護るかの2択で、そこに至るまでのプロセスについてアドバイスをする意見はあまり見かけません。セキュリティ業界に身を置いていると、「Situational Awareness」という言葉をよく耳にします。例えば、今回の小田急線刺傷事件であれば、事件現場の電車内でこうした事件に巻き込まれないようにする、もしくは出来るだけ被害を最小限にとどめるにはどうしたら良いかを日頃から考え行動することがSituational Awarenessです。日本だと、電車内で耳にはイヤホンやヘッドホン、そして目は閉じている、もしくは寝ている人を多く目にします。こうした日本では当たり前、普通の光景も、海外では珍しく、驚かれることも少なくありません。なかなか海外旅行先で、現地の地下鉄に乗る乗客がどんな風に電車内で過ごしているかまで注意して観察している人は少ないと思いますが、海外では日本ほど電車内で寝ている人はいません。素早い状況判断には、耳から入ってくる音、そして目から入ってくる情報がとても重要です。そのどちらも遮断していては、当然ながらリスクに対しての反応が遅れてしまいます。事件が起きる際には、必ず銃声や悲鳴などなにかしらの「音」が生じます。そうした音の情報をいち早くキャッチする為にも、電車内では両耳をイヤホンやヘッドホンで塞ぐことや、周りの音がよく聞こえないようなボリュームで音楽等を聴くことは避けるべきでしょう。あまり電車には乗らない著者ではありますが、電車を利用する際は、イヤホン等で塞ぐのは片耳だけにしたり、仕方なく両耳を塞ぐ場合には音量を調節したりして、周りの音が聞こえるように対処しています。当然、どんなに疲れていても車内で目をつぶることや、寝てしまうことがないようにも心がけています。小田急線刺傷事件の犯人の武器は、刃渡り20㎝の牛刀でした。ショルダーバックから大きな牛刀を取り出す際にはガサガサ音がしたと思いますし、目を閉たり、スマホの画面にくぎ付けでなければ、それだけ大きな刃物であれば意識していなくても目の端に飛び込んできます。気がつくのが早ければ早いほど、より良い判断を下しやすくなると言えるでしょう。

車内に乗り込む際にも、その車内におかしな人がいないか一通り見渡しますし、停車毎に乗り込んでくる客のこともサラッとですが見ています。国や地域が変われば、犯罪の傾向も異なります。例えば、ニューヨークシティで地下鉄を利用する場合のSafety Tipとして、寝ている客のスリ被害が多いので、出来るだけ寝ないようにとNYPD(ニューヨーク市警)でも、注意を促しています。他には、ホームで電車を待つ際には、黄色の線の内で待つように促しています。これは後ろから突然背中を押され線路に突き落とされるという事件がニューヨークシティではこれまで何度も起きているからです。背後を取られないようにすることは、ボディガードとして働くうえでも大事なことです。アメリカに住んでいるころ、地下鉄を利用する際はできるだけ壁を背に立つようにしていました。ただ壁際にであっても上部が階段などで空いているような場所では上部からの落下物にも注意が必要です。乗客が少なくなる夜遅い時間や早朝など、オフピークの時間帯に地下鉄を利用する際には空の車両に乗車することは避け、車掌が乗る車両に乗ることも推奨されいます。

犯罪に巻き込まれないようにする為には、護身術や逃げる準備をしておくことも大事ですが、まずは誰にでも明日からでもすぐに始められるSituational Awareness、つまりリスクを嗅ぎ分けるアンテナを立てて生活をしてみてはいかがでしょう。ボディガードを目指す上でもSituational Awareness はアドバンスに相通じる部分が多く、Situational Awarenessの延長線上にあるのがAdvanceだとも言えるので、そんなの常識と甘く考えずに真剣に取り組むことがプロのボディガードへの足掛かりになります。


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