大抵の人は、上から物を言われたり、命令されたりするとムッとします。しかし、楽しいことを共有しようとする動きや誘いには素直に従うものです。プロと呼ばれるボディガードほど、こうした法則を上手に利用し、相手に不快な思いをさせることなく、気づかぬうちにこちらが求める動きをさせるように誘導し警護をします。
著者がコレラの蔓延で大変な状況に陥っていたハイチの小さな山村を先着で訪ねた際のことです。この村は、インフラ整備も整っていない貧しい環境下で、トイレもなかった為にコレラが蔓延しました。当然、教育施設があるはずもなく、先着チームと村民たちとのコミュニケーションは困難を極めました。
ハイチには昔から、森の中で藪を刈る際や農作物の収穫のときに用いる道具として長く薄く作られたマチェーテ・ナイフ(Machete Knife)という大型の山刀が一般的で、先着時にもこのナイフを持つ村民を多数見かけました。またハイチには、Tire Machetと呼ばれるマチェーテを用いたナイフ術が昔から存在します。村民の中には、銃を所持するものがおらず、その点のさほど心配する必要はありませんでしたが、先着チームはマチェテによる攻撃には警戒していました。
警護対象者(以下「V」)の訪村は、当時のハイチ首相ローレンツ・ラモスが同行したこともあり、近隣の町や村からも当日は大勢の人が集まることが先着時から予想出来ました。実際に、先着時に見た村と当日の村ではかなり人口密度が違い、雰囲気すら異なりました。
人が多く集まるシーンでは、ボディガードは大勢の中から不審者をあぶりだすのにSituational Awareness で紹介したポイントをスキャンしていきます。銃やナイフといった武器による攻撃には手が必要ですので、特に手には細心の注意を払います。警察機関の場合には、権限を行使し強制的に怪しい人のことをチェックすることが可能です。しかし、民間の場合にはそうはいきません。著者の前所属の国連はその存在意義上、訪問先で警護官がシークレットサービスのエージェントのような高圧的な態度で怪しい村民をつかまえ、武器を隠し持っていないか強制的にチェックするようなことは出来るかぎり控えていました。たださえ、コミュニケーションが困難な相手に対して、何も考えずに「武器を持っていないか手を見せろ」とやれば、人と人との絆が強い小さな村では下手すれば暴動になりかねません。
そこで先着チームは、Vとハイチ首相の到着時に、集まってくる村民に対して「拍手しましょう」というジェスチャーをしました。簡単なジェスチャーですし、万国共通のサインなので、村民たちもすぐに理解して拍手でVとハイチ首相を迎え入れてくれました。
拍手をさせた真の理由は、そうさせることで手に武器を持っていないことを確認するためです。警護官は、皆が笑顔で拍手をしている中、面白くない表情をしている者や拍手をしていない者をみつけだすだけで済みます。実際、この作戦はとても効果的で、村民たちの誰も不快な思いをすることなく、警護官たちは村民たちが武器を所持していないことが確認できました。
ハイチでの拍手作戦は、一例に過ぎず、ボディガードは状況に合わせ、相手に悟られることなく己が求める行動に誘導するテクニックを駆使して警護任務を遂行する場合もあります。特に警察のような権限がない民間警護では、こうしたスキルが任務の結果を左右することもあります。日頃から、人との付き合いの中で、どのような言葉や態度をすると相手はどういう反応を見せるのかを考え、研究することでこうしたスキルは自ずと身についていきます。
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