依然少し紹介した警備のコンセプト「Defense in Depth」は、何層にもおよぶ強固な警備の壁を用いて護る手段で、いわば「足し算」の警護です。シークレット・サービスの警護がこの代表格で「多勢に無勢」、とにかく数をもって制すやり方です。
シークレット・サービスのような底なしのリソースを持つ組織なら、Defense in Depth一辺倒でも何の問題もありませんし、むしろそれ以上の策はありません。しかし、世の中にはどのくらいシークレット・サービスと同等のリソースを持つ組織や団体が存在しているのでしょうか。
シークレット・サービスのようなリソースを持たない組織や民間警護では、中途半端な足し算よりは引き算の方がより効果的な場合もあります。
前所属の国連本部では、脅威レベル以外でも目的地までの距離によって車列を組む車両の数を変えていました。距離が遠くなればなるほど、当然ながら走行時間が増えます。そして、それに伴い車の故障や事故のリスクも上がります。そのため、走行距離が一定以上の際には、車列の車両も増やしていました。国連には、残念ながらシークレット・サービスほどのリソースはないので、こうしてやりくりをしていました。
ニューヨークシティに行ったことがある人はご存じだと思いますが、国連本部(UN)があるマンハッタンは小さな島で、四方を川に囲まれており、空港があるクィーンズやニュージャージー州に行くには橋かトンネルを使わなければなりません。橋もトンネルも通常であれば、ルートセレクションで避けるべき要素ですが、それしか手段がなければ使うしかありません。橋とトンネルでは、逃げ場の選択肢がより少ないトンネルをさけ、通常は橋を選択します。しかし、ニュージャージー州にあるニューアーク空港(EWR)へ国連本部があるミッドタウンイーストから行くのにわざわざ北上してジョージ・ワシントン・ブリッジ(GWB)を渡るのはあまりにタイムロスがあり過ぎます。そのため、EWRに行く際には、リンカーントンネル(地図上「LT」)もしくはホーランドトンネル(地図上「HT」)を利用します。ただ利用していたといっても、トンネルの管轄であるPorth Authority Police Department (PAPD)に連絡を取り、トンネルの1レーンを事前に封鎖してもらい、PAPDのパトカー先導のもとにトンネルの中で渋滞等により止まることなく通過できるように対応していました。国連本部からEWRまでは約30キロもありますし、空港に行くということは飛行機に搭乗するための時間的制約もあり、遅れることは出来ません。その為、前述通りEWRに行く際には故障や事故などに備え、通常よりも多い車両で移動をします。著者が警護班に配属されるまでは、追加された車両も全てスタート地点から車列に加わっていました。しかし、著者は追加車両を先にPAPDに送り、トンネルに入る前のポイントでPAPDの車両と一緒に待機させるように変更しました。これにはいくつかの理由があります。変更前までは、互いよく知らない相手と少し電話で会話しただけだった為、ミスコミュニケーションで上手く合流出来なかったこともありました。意思の疎通に問題がない同チームメンバーが先にPAPDのパトカーと合流しておけば、ミスコミュニケーションは防げます。ニューヨークシティは時間帯によってはすごい渋滞でライトとサイレンを使っても、前を走る車が避けるスペースがなくなかなか進めないこともよくあります。そんな状態で、長い車列はマイナス要素でしかありません。
なんでもかんでも警護対象者の周りに配置すればLayer(層)が増し、警護的に正解だと考えるのは少々危険です。特に限りがあるリソースを上手に活用するには、著者が上げた例では数より機動性を取ったことからも分かるとおり、環境を理解し、数以上に重要なことがあればそちらに重きを置くことがあることも理解しておいてほしいと思います。
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