AEDの進化

近年、警護業務におけるメディカル対応能力の重要性は、単なる付加価値から、少なくとも高度な警護環境においては「必須スキル」に近い位置付けへと変化しつつあります。その背景には、テロや外傷といった外因性リスクに加え、心停止や急病といった内因性リスクへの即応能力が、実務上無視できない要素として認識され始めている現実があります。

その中でも特に注目すべき進化を遂げているのが、AED(自動体外式除細動器)です。

従来のAEDは高性能である一方、「大型・据置型」という性質が強く、警護員が日常的に携帯する装備(EDC: Everyday Carry)に組み込むには現実的ではありませんでした。実務上は車両に積載するケースが一般的であり、あくまで“必要時に取りに行く装備”という位置付けに留まっていたのが実態です。

しかし、この運用には明確な限界があります。心停止は予兆なく発生し、かつ発生場所を選びません。

屋外動線、移動中、イベント会場など、車両から即時アクセスできない環境で発生した場合、「車にAEDがある」という状態は、実質的には“存在しない”のと同義になり得ます。

特に、高齢者や心疾患リスクを抱える警護対象者においては、このギャップは極めてクリティカルです。AEDの“有無”ではなく、“到達時間”こそが生存率を左右する本質的な要素であり、従来の車載前提の運用では、この要求水準を満たせていないケースが多いのが現実です。

こうした課題に対して登場したのが、携帯性に特化したハンディ型AEDであるCellAEDです。

CellAEDは、オーストラリアの医療機器企業であるRapid Response Revivalによって開発され、2023年前後より各国で展開が開始されました。従来型AEDの構造を根本から見直し、「ポケットサイズで携帯可能なAED」という新しいカテゴリを実現した点が最大の特徴です。欧州ではCEマークを取得しており、一般市民からセキュリティ分野まで活用が広がりつつあります。

日本国内においても入手は可能であり、価格帯はおおよそ7万円弱と、従来型AEDと比較しても導入ハードルは低い水準にあります。

機能面においても、従来型とは設計思想が大きく異なります。一般的なAEDがパッド貼付、ケーブル接続、音声ガイダンスに従った操作といった複数の工程を必要とするのに対し、CellAEDはデバイスを二つに分割し、それ自体が電極パッドとして機能する構造を採用しています。このシンプルな設計により、準備工程が大幅に削減され、初動対応までの時間短縮が可能となっています。

警護の現場においては、この「数秒の差」が致命的な結果の差に直結することがあります。心停止事案においては、除細動までの時間が1分遅れるごとに生存率が大きく低下することは広く知られており、いかに早く対応できるかが全てと言っても過言ではありません。

ここで重要なのは、警護における機能構造そのものが変わりつつある点です。従来の警護EDCは、Protection(防御)・Detection(脅威察知)・Communication(連携)、いわゆるPDCに最適化されてきました。

Protectionは、対象者および自身を直接的な危害から保護するための装備・技術です

Detectionは、脅威の早期発見と状況認識(Situational Awareness)を担い、目視スキャンを中心にライト等の携行装備によって支えられます。

Communicationは、無線機や携帯端末を用いたチーム間および関係機関との連携を成立させる機能です。

これらは警護の基本機能として確立されてきました。

しかし今後は、このPDCに加えてもう一つの要素が不可欠になります。それが「Medical」、すなわち救命対応能力です。

すでに止血帯や止血ガーゼといった外傷対応装備は現場でも普及しつつありますが、今後はそれに加え、心停止といった内因性リスクへの対応、すなわちAEDの携行と運用までが現実的な検討対象となりつつあります。

この「現場での即応性」という観点は、実際の重大事案を見ても明らかです。例えば安倍晋三元首相が銃撃された安倍晋三銃撃事件においても、状況を左右したのは“どの装備が存在していたか”ではなく、“その場でどこまで即応できたか”でした。同事案は主に致命的な出血が原因であり、AEDの有無が直接的な要因ではありませんが、逆に言えば、止血や気道管理といった初動医療対応をどこまで迅速に実施できるかが、生存率に直結することを示しています。

CellAEDのようなデバイスは、この変化を象徴しています。携帯可能であるということは、「発生地点=対応地点」を実現することを意味し、従来の車載前提のAEDとはオペレーション上、全く異なる価値を持ちます。

これは単なる装備の小型化ではなく、警護の即応性そのものを再定義する変化です。

警護におけるEDCは、もはやPDC(Protection / Detection / Communication)だけでは不十分です。そこにMedicalをいかに組み込むかが、今後の警護品質を大きく左右することになります。

特に民間警護においては、この要素は極めて重要です。クライアントには高齢層が多く、また心血管系の既往歴などを抱えるケースも少なくありません。一方で、公的要人のように医療チームが常時随伴しているわけではないため、初動対応の質は警護員個人の装備とスキルに大きく依存します。

メディカル分野の装備は今後も急速に進化していきます。現役の警護員はもちろん、これからこの分野を目指す人材にとっても、こうした進化を継続的にキャッチアップし、自身の装備体系に適切に組み込むことは、プロフェッショナルとして不可欠な要素となるでしょう。

この転換が、これからの警護の即応性を再定義することになります。


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