友好的接触リスク管理から再考する現代要人警護

選挙遊説中に発生した高市早苗総理の手部負傷事案は、政治的論争とは切り離し、要人警護における「友好的接触リスク管理」の観点から検証されるべき典型例である。本件は敵対行為ではなく支持者の善意(?)による接触が傷害へ転化した事象であり、脅威対処中心の従来型警護思想の盲点を示している。

筆者の実務経験においても、エボラ出血熱が蔓延していたアフリカを訪問する国連事務総長の対外活動では握手は全面的に排除され、代替として袖があるため直接接触を防げるエルボータッチが採用されていた。これは儀礼変更ではなく健康保護と警護機能維持のための運用措置であり、握手という行為が状況に応じて変更可能な可変プロトコルであることを示している。

関節疾患(高市総理の場合、関節リウマチ)を有する警護対象者にとって握手は制御不能な力学的接触であり、牽引や捻転による急性疼痛は移動能力や姿勢安定性を低下させ、結果として警護対象者を脆弱化させる。したがって握手回避や代替動作の採用は過剰防護ではなく合理的なリスク低減措置である。グータッチや接触時間を極小化した形式は力の伝達構造上安全性が高い。特にもともとバイクに乗っていたり、ドラムをたたいていたり、トランプ大統領と米軍基地に行った際に、これまでの歴代総理ではあまり見られない両手を上げてジャンプする行動をしている高市総理においては、グータッチなどは特にマイナスイメージにつながる可能性が低く、理由さえ明確であれば政治的イメージとの両立も可能である。また、以前紹介した接触形態を工夫した限定的な握手様式のように、社交性を保ちながら把持リスクを抑制する設計思想も、接触の質を管理するという警護発想の延長線上に位置付けられる。

本件が示唆する重要な点は、警護の観察対象の拡張である。警護対象者が群衆と近接接触する運用環境では通常、不審者の手元や腰部が監視対象となるが、身体的脆弱性を抱える警護対象者においては、警護対象者自身のけがや病変部位も保護対象部位となる。警護対象者が群衆と接触中に見せる表情変化、動作停止、姿勢の崩れは疼痛発生の兆候であり、警護にとっては即時介入の判断材料である。これは攻撃兆候検知とは異なるが、現代の警護においては必要不可欠な観察領域である。

さらに本事案では隊形設計上の課題も示唆される。選挙活動において警護対象者がフェンスや規制テープに沿って横方向へ移動しながら群衆と接触する場面では、脅威は正面だけでなく側方からも発生する。したがってこのフェーズでは、後方密着型のPPO配置に加え、警護対象者の左右を挟み込む側方警護が即応性の観点で有効となる。今回のケースでPPOは背後脅威への備えと避難誘導として重要である一方、警護対象者のすぐ後ろにポジションを取っていたため、警護対象者自身が群衆との間の壁となり、正面および側方接触の視認性が低下していた。結果として群衆の手の動き、把持の強さ、引き動作の兆候を即時に把握しにくい構造的弱点が生じていた。これも警護対象者の両脇に2名の警護員がいれば、ここまで問題にはならなかった可能性が高い。両脇に配置できないのであれば、PPOはよりコンタクトが視認しやすい位置を取るべきであった。警護では「何も起きないこと」が正解であり、絶対的な正解隊形は存在しないため難しいが、今回は結果として警護対象者が持病を悪化させ、その様子がSNSで拡散された以上、警護にとっては失敗と評価されてもやむを得ない事例である。

実際に今回の事象では、後方にPPOが存在していたにもかかわらず、位置関係上、群衆の手の動きが視認しにくい状態にあり、さらに側方警護員も距離があったため、介入初動が遅れたと推察される。これは個々の隊員の能力の問題ではなく、接触フェーズにおける隊形と観察軸設定の設計課題である。友好的接触場面では、銃規制が厳しく治安が比較的良好な日本においては「武器監視」よりも「接触監視」の比重が高まるため、視線配分と立ち位置は従来の脅威想定とは異なる最適解を持つ。

接触が解除できず警護対象者に実害が生じる場合、警護は段階的な力の行使の枠組みの中で対応することになる。ツボなどを利用したPain Compliance Techniqueにより相手の手を放させる技術は多く存在するが、今回のような選挙活動では、警護対象者は1票でも多く得たい状況にあるため、警護が群衆に対して過度にアグレッシブであると警護対象者へのマイナスイメージにつながる可能性もある。したがって力の管理と、目立たず自然に処理する技能が重要となる。目的は制圧ではなく警護対象者の傷害回避に限定され、比例原則および記録義務の対象となる。優れた警護とは、この段階に至らない予防設計を行うことである。

総括すれば、本事案は警護の失敗を断ずるものではなく、警護概念の更新を促す事例である。現代の要人警護は攻撃防御のみで成立するものではなく、医療的配慮、行動設計、環境制御、そして状況に応じた隊形運用を統合した総合安全管理の領域にある。好意の接触が最大の事故要因になり得るという認識のもと、儀礼を固定的慣習ではなく可変プロトコルとして扱うことが、今後の警護水準を左右する。


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