カルチャー(文化)は、ビジブルとインビジブルの2タイプに分類することができます。ビジブル・カルチャーは、食事、芸術、音楽、文学などその名の通り目に見える有形の文化です。それに対してインビジブル・カルチャーは、モラル、価値観、倫理観、信念、信仰など無形の文化です。
異文化間での衝突(Intercultural Conflict)は、カルチャーバリュー(Culture Value)やカルチャーコミュニケーション(Culture Communication)の相違などによって起きます。そして、その最たる原因が、Ethnocentrism (エスノセントリズム)です。立命館大学国際部の堀江未来准教授によると、「エスノセントリズム」とは、自民族・自己文化中心主義のことで、「自分が持っている価値観や常識は普遍的に正しいものだ」という思い込みから生じると説明されています。
Intercultural Conflictを避けるには、カルチャー・アウェネス・トレーニング(Culture Awareness Training)が有効です。このトレーニングでは、エスノセントリズムからの脱却し、異文化(特にインビジブル・カルチャー)への理解を深めることが出来ます。こうしたトレーニングなしに文化が異なる国や人と共に働く場合、大きな損害や損失を被るリスクが伴います。これは、ビジネスパーソンだけでなく、ボディガードにも同じことが言えます。
カルチャー・アウェアネス・トレーニングのため、著者はTerry MorrisonとWayne A. Conaway著の「Kiss, Bow, or Shake Hands」をオススメしています。2006年に出版された本のため一部古い情報もありますが、文化の本質は2006年も2021年もそこまで大きく変わっていませんので、現在でも異文化を学べる教材のバイブル的な存在です。こちらの本は、ボディガードだけでなく、ホテルの従業員など海外の方たちと接することが多い職業の方にも必読書と言えます。
例えば、カルチャーバリューですが、日本の「時は金なり」、アメリカではベンジャミン・フランクリンの格言「タイムイズマニー」が浸透していることからも分かるように、アメリカや日本ではいかに時間を有効に使えるかが文化的に重要とされていますが、UAEの時間に価値観、考え方は全く異なるものです。会議中に悪びれることもなく携帯電話を使用し、通話やテキストをしたり、はたまた会議に関係ない者が勝手に入室してきて会話を始めたりということが度々起こります。当然、会議は予定よりも遅れてしまうことが多く、時間が大事な日本人やアメリカ人がそうした文化を知らずにUAEに行ってしまうとフラストレーションがたまり、物事もうまく進まなくなります。逆にこうしたUAEの時間に対する価値観を知っていれば、間違っても分刻みのスケジュールを立てることもはありませんし、心に余裕をもって対応することが可能になります。時間への価値観といえば、元スイス連邦大統領ジョゼフ・ダイス氏の警護をした際のことを今でも覚えています。会議開始5分前にも関わらず会議室はほぼ空席だった為、アドバンス(先着警護)だった著者は、PPOにある程度の出席者が入るまでダイス氏を会議室に連れてこないように伝えました。しかし、ダイス氏は空席が目立つ会議室に当初の予定通りに現れ、著者に向かって「時間通りに来れない人たちは、その人たちの問題で、私には関係ありません。私は時間を守って来た人たちの為に時間を遅らせることなく会議を開始します」と言いました。「Kiss, Bow, or Shake Hands」によると、スイスは時間に対してとても厳しく、ビジネスだけでなく、プライベートでもきちんと時間を守る文化なようです。著者は、ダイス氏の警護の任務にあたるのに、ダイス氏の文化的価値観を理解しておらず、自分の価値観で自分本位の警護プランを立ててしまったのです。このように警護では、海外へ行く場合だけでなく、警護対象者が自分とは異なる文化を持つ場合にも、Intercultural Conflictが起こることがあります。
グローバル化時代に求められるボディガードにとって、カルチャー・ダイバシティ(文化多様性)への敬意は標準装備でなければなりません。
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