国連(United Nations)という名前は聞いたことがあっても、日本帰国後色々な方と話をすることで、本部がどこにあり、どんなことをしている団体で、組織の長が誰かを知らない人が意外にも多いことに気がつきました。乱暴な言い方になってしまいますが、国連は基本的に弱者の救済機関です。すなわち、今でこそ高齢化社会の典型で、落ちぶれてしまった日本ですが、日本が国連に加盟した1956年(国連創設は1945年)は神武景気と呼ばれる高度経済成長の始まりの時期でかなり勢いがりました。そのため、敗戦国でありながら加盟国に負担が義務づけられている分担金の額も多く、2018年まではアメリカについで2番目でした。2021年現在は、アメリカ、中国に次いで3番目ですが、それでも多額の分担金を負担しています。国連事務総長の警護官時代、色々な国に行きましたが、経済的に貧しい国ほど支援や援助を期待し、国連の動向に対して常に注目していると感じました。支援される必要がなく、むしろ分担金が重荷となっていることで脱退を推す意見もある日本では、政治家や関係機関で働いていない限り国連は注目するに値しない機関なのかもしれません。
そんな国連ですが、毎年9月の第3週火曜日に新たな会期が始まり、その翌週はハイレベルウィークと呼ばれ193加盟国の首脳がニューヨークの国連本部に一堂に集まり一般討論演説を行います。COVID19の影響で、昨年度(2020年)は、COVID19の影響で、これまでのハイレベルとは異なり首脳陣が集まることはありませんでしたが、通常であればハイレベルウィークの初日には約2万5000人が国連本部に訪れ、期間中の参加者の宿泊費だけでも20億円以上の経済効果が見込めるため、ニューヨークシティで最も重要なイベントの1つとなっています。COVID19終息後、ニューヨークシティへの旅行を計画するならば、ハイレベルウィーク中はどこのホテルも通常の価格よりかなり割高となっているので避けた方が良いでしょう。国連総会 (United Nations General Assembly, UNGA) では、投票によって加盟国から任期1年の議長 (President of General Assembly, PGA) が選出されます。PGAには、著者が所属していたExecutive Protection Unit (EPU)より専属の警護官が選出され、警護にあたっています。Culture Awarenessの記事中で、元スイス連邦大統領ジョゼフ・ダイス氏の先着警護をしたと書きましたが、ダイス氏は2010~2011に国連総会議長を務めています。因みに国連総会議長は、P5と呼ばれる安保理常任理事国の5か国(第2次世界大戦の戦勝国であるアメリカ、フランス、ロシア、イギリス、中国)から選ばれることがありません。日本は、ドイツやインドと共に常任理事国入りを長く目指していますが、残念ながら常任理事国入りはかなっていません。常任理事国でないからこそ、日本から国連総会議長が選出されることは可能ですが、残念ながらこれまで選出されたことはありません。著者が国連警備隊を離職したことで現在、国連本部警備隊に在籍している日本人は0になってしまいました。しかし、もし日本人の国連総会議長が誕生することがあれば、日本人警護官の需要は今よりきっと高まるはずです。そうした将来を見据え、弊社では海外でも十分に通用する警護人を育て国連本部警備隊に推薦したいと思っております。
2019年に大阪でG20サミットが行われた際、20+国の首脳ですら外国人対応が得意とは言えない日本の警備陣はてんやわんやでした。国連総会のハイレベルウィークには、加盟国193国の首脳がニューヨークの国連本部に一堂に集まるのですから、その警備は尋常ではありません。
国連本部の敷地はアメリカにありますが、大使館や領事館と同様にインタナショナル・テリトリー(治外法権)に該当します。しかし、各国の首脳陣が到着する空港、そして滞在するホテル等はニューヨーク(アメリカ)ですから、国連警備隊だけで警備を担うわけではありません。期間中は、ホスト国であるアメリカと会合場となる国連の警備ががっちりタッグを組み警備をします。そのため国連本部周辺には、シークレットサービス、Diplomatic Security Service (DSS)、FBI、NYPD、FDNY、US Coast Guardとアメリカを代表する機関の職員が集合します。このことから国連総会のハイレベルウィークは「世界最大の警備の祭典」といっても過言はないでしょう。
国連本部の敷地は、マンハッタンの南はEast 42nd Streetから、北はEast 48th Streetまで、西は1st Aveから東はイーストリバーにあります。ハイレベル・ウィーク中、周囲は交通封鎖され関係者以外立ち入り禁止になり、全てのアクセスポイントにはニューヨーク市警の警官と国連警備隊の隊員が配置されます。この期間、各国の首脳を乗せニューヨーク市警に先導された車列以外で国連本部内に入る車両は全て、シークレットサービスのK9(爆弾探知犬)によってチェックされます。また、国連本部周辺には高層のアパートなどもあるため、国連本部の屋上に配置されたニューヨーク市警と国連警備隊のスナイパー部隊が常に目を光らせています。
各国の首脳の車列は、脅威によって国連の敷地内に入れる車両の数が厳しく決められています。アメリカ大統領を護るシークレットサービスは毎年、ハイレベル・ウィークの初日、国連側の警備を確かめるかのように規定以上の車両数の車列で国連本部に登場しますが、国連警備隊は規定数に達したところでゲートを閉鎖して規定数以上の車両が入らないようにします。著者が国連に在籍した14年間、国連総会に出席する日本の総理の脅威は最少で、国連本部に乗り入れられる車両数は最少となっていました。因みに高脅威に指定されるのは毎年同じで、アメリカ、イスラエル、中国、ロシア、イランといった国です。
一般討論演説の出席者のうちHead of State(HOS)には、シークレットサービスのスペシャル・エージェント、Head of Government (HOG)にはDiplomatic Security Serviceのスペシャルエージェント、そして国連本部内ではそこにプラスして国連のSpecial Service Unit (SSU)の隊員が警護につきます。先にも書きましたが、国連本部敷地内は治外法権の為、いくらシークレットサービスやDSSでも、国連警備隊のエスコートなしで自由に敷地内を歩き回ることは出来ないのです。日本の総理は、HOGなのでDSSが警護を担当します。ただ193ヵ国の首脳が一堂に会する為、例年、脅威の低い日本の総理の優先度はかなり低くDSSすらつかず、ニューヨーク市警の警官が警護を担当する年もあります。日本のニュースでは報道されませんが、これが現実です。
脅威が低い警護対象者であれば、完全なProtection in Depth理論で何重にも張り巡らされたセキュリティの層の中ですし、警護が専門ではないニューヨーク市警の警官が警護を担当しても特に問題はありません。実は著者は事務総長の警護チームに配属される前に一度だけ国連総会中にSpecial Service Unitの一員として働いた経験があります。日本の総理のエスコートをした際、当時の総理と某国Cの首脳との間には重大な問題を抱えていました。その情報を事前に収集し知っていた著者とCの警護担当の間でスケジュールを極秘で話し合い、国連内でバッタリ遭遇しないようにお互いに導線を決めたこともあり、偶然のバッティングもなく無事に任務を遂行することが出来ました。こうしたちょっとした気回しは、警護のプロならでのサービスで、急造の警護には期待できません。
ハイレベルウィークがある9月の国連の警護官は、残業時間がかるく100時間を超えてしまうほど忙しく大変ですが、警護業界に身を置くなら一度は実際に経験してもらいたいイベントでもあります。
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