LinkedInを通じて、アメリカ在住のSafety専門家から非常に示唆に富むメッセージを受けた。
“I work with security leaders to improve safety, reduce shrink, and streamline daily operations. When an incident happens, such as a slip, spill, or theft attempt, how do you usually catch and review it?”
この問いは一見すると単純なオペレーションの確認に見えるが、実際にはSafetyとSecurityという異なる領域が、現場においてどのように交差し、どのように機能しているかを問う本質的な内容である。
LinkedInの価値は、このように国や専門領域を超えて知見を交換できる点にある。単なる転職ツールではなく、実務的な思考を磨く場として非常に有効だと感じている。
この問いに答えるためには、まず日本におけるEHSの構造を理解する必要がある。日本のEHS(Environment, Health & Safety)は、欧米のように統合された概念として発展したものではない。
Environmentは高度経済成長期の公害問題、水俣病や四日市ぜんそくといった社会問題を契機に、規制主導で発展した。一方でHealth & Safetyは労働災害を背景に、労働安全衛生法を軸として体系化され、企業の安全管理体制として整備されてきた。
つまり、日本のEHSは「環境」と「安全衛生」という異なる起源を持つ二つの流れが後に統合されてきた構造を持つ。そのため現在でも多くの企業では部門が分断されており、さらにSecurityとは別系統として扱われる傾向が強い。
本来、EHSとSecurityは同一のリスクマネジメントフレームに載るべき領域である。EHSは事故や災害といった非意図的リスクを扱い、Securityは犯罪や不正といった意図的リスクを扱う。しかしリスク評価、コントロール、インシデント対応、事業継続といったプロセスは本質的に共通している。
それにもかかわらず、日本ではEHSは企業内部の機能として内製化され、Securityは警備業を中心とした外注サービスとして発展してきた。この違いが組織分断を生み、戦略レベルでの非連携や専門人材の思考の違いにつながっている。その結果、「EHSは強いが戦略性が弱い」「Securityは現場力はあるが統治力が弱い」という非対称な状態が生まれている。
しかし現場においては、この分断はすでに成立していない。不審者侵入はSecurityの問題であると同時に従業員のSafetyに直結し、火災や事故ではSafety起点の事象に対してSecurityが初動対応を担う。特にデータセンターのような環境では、入退室管理と作業安全が同時に成立しなければリスクは管理できない。つまり、日本におけるEHSとSecurityは「理論上は統合、実務上は分断、現場では融合」という三層構造にある。
この構造はアメリカと比較するとより明確になる。アメリカではEHSとSecurityはEnterprise Risk Managementの一部として扱われ、最初から統合されたリスクとして設計されている。訴訟リスクやレピュテーションリスクの高さから、EHSもSecurityも経営レベルの課題として扱われる。そのためCorporate SecurityやEHSがResilienceや事業継続と一体化した組織設計が一般的であり、分断そのものがリスクと認識される。
一方で日本は、分断された機能を現場でつなぐ構造にある。この違いは設計思想の差であり、日本の現場力の高さを支えてきた側面もあるが、グローバル環境においては限界も見え始めている。
こうした前提を踏まえ、冒頭の問いに対する実務的な回答は、リアルタイム監視とマシーンラーニングによる異常検知に集約される。CCTVや現場報告による即時検知に加え、通常と異なる動きや危険行動をマシーンラーニングで検知し、アラートによって対応を促す。この仕組みは盗難対策だけでなく、転倒や体調不良といったSafety領域にも有効である。
添付した約6年前の猫の事例が示すように、マシーンラーニングによる行動判別と自動制御は既に実用化されており、現在では企業環境においてさらに高度に進化している。また、KPIの分析も重要な指標となる。業務スピードの異常な乖離は、不正や手順逸脱、オペレーション上の問題の兆候となり得る。
ただし、すべてをテクノロジーに委ねることはできない。データセンターのような環境ではマシーンラーニングがデバイスとして機能する一方、要人警護のような領域では同様の役割を人が担う。警護要員は過去の事例を学び、同じ失敗を繰り返さないようにする。「Just 2 Seconds」のような書籍が長くバイブルとして扱われているのはその象徴である。
現在ではYouTubeなどで事例を繰り返し検証することが可能であり、私自身も現役を退いた今でも、警護が機能しなかった事例があれば検証し、自分であればどう対応するかを考え続けている。これは人による継続的な学習であり、現場における“人的マシーンラーニング”と捉えることもできる。
最終的に重要なのは、どれだけテクノロジーが進化しても判断は人が行うという点である。マシーンラーニングは検知と通知を担うが、意思決定と対応は人に依存する。そのため、アクセスポイントの制限や入退館時の手荷物検査といったフィジカルセキュリティの基本は依然として有効である。
そしてSecurityとSafetyの関係性について言えば、これは本質的に分離できるものではない。国連においても、私が所属していたDSSはDepartment of Safety and Securityという名称の通り、両者を一体として扱っている。日本においてEHSという分野が確立されつつある現在でも、その源流と実務を踏まえれば、完全に切り離すことは現実的ではなく、今後も切り離されるべきではない。
だからこそ、今回のようにSafety分野の専門家と意見交換を行い、そこで用いられている技術やテクニックをセキュリティ領域に応用できないかを考えることには十分な価値がある。その逆もまた然りであり、セキュリティの知見や手法がSafety領域に貢献できる場面も多い。
分野としての分化が進んだ今だからこそ、あえて横断的に知見を取り入れる必要がある。テクノロジーと人間の判断、SafetyとSecurityの融合。それらを別々に最適化する時代はすでに終わりつつある。
今後求められるのは、それらを単一のリスクとして捉え、設計し、運用できる視点である。
日本では依然として分断が前提となっているが、現場はすでにそれを許容していない。リスクは分野ごとに発生するのではなく、常に横断的に顕在化するからだ。
だからこそ、Securityに携わる人間は「警備」や「防御」という枠に留まるべきではない。EHSを含めた広義のリスクを理解し、それを統合的にマネジメントできる存在へと進化する必要がある。
それができるかどうかで、これからのセキュリティは単なるコストセンターに留まるのか、それとも組織を守る中核機能となるのかが決まる。
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