Book Review 「誤解だらけの警備員というしごと:なぜ”立っているだけ”が、誰かの人生を救うのか?

ベストブック出版、木村誠著「誤解だらけの警備員という仕事」は、警備員という職種に対する社会的誤解を解消しようとする啓蒙的著作である。現場経験に基づく語りや、職業の意義を伝えようとする姿勢は理解できるものの、FJ Protectionの観点、すなわち実務性、再現性、リスクベースの運用から評価すると、本書はその水準に達していない。

本書の最大の問題は、警備という機能がどのように成立しているのか、その因果関係が提示されていない点にある。警備は本来、「脅威の定義」「対策の設計」「運用プロセス」「結果評価」という一連の構造で成り立つ。しかし本書では、「先手で防ぐ」「存在が抑止になる」といった抽象的表現に終始し、それを裏付ける具体的な事例や運用モデルが示されない。この構造では、“設計された抑止”は説明されず、印象論に留まる。

抑止とは単に人が存在することでは成立しない。対処能力(Capability)、介入意思(Intent)、結果の不確実性(Uncertainty)が外部から認識されて初めて機能する。しかし、本書における警備像はこれらの要素を具体的に示しておらず、結果として「警備=立っているだけでも成立する」という誤解をむしろ補強しかねない。

この問題は、現場運用の実態とも直結する。例えば、警備員が持ち場を離れる際に他職種が善意で代替するようなケースがあるが、これが曖昧なままの「善意の肩代わり」は、短期的には回っても抑止(deterrence)の質を下げる行為です。第三者から見れば「専門職が不在でも同じ」と映り、存在自体の意味が希薄化します。警備は連続性と一貫性によって成立するため、このような運用は本質的にリスクを内包する。

さらに本書は、日本特有の低脅威環境への依存を相対化できていない。法令遵守意識や社会的同調圧力が高い環境では、曖昧な運用でも秩序は維持され得る。しかし、ルールを理解しない者、あるいは意図的に従わない者に対しては、そのモデルは通用しない。本書はこの前提を前提のまま受け入れており、脅威レベルの変化や異文化環境における適用可能性の検証を欠いている。

また、著者の個人的経験、とりわけメンタルヘルスに関する記述は人間的側面として一定の価値を持つが、それが警備という高ストレス環境における職務遂行能力やリスクマネジメントにどう接続されるのかは示されていない。警備は意識や姿勢だけで成立する仕事ではなく、検知・判断・介入・エスカレーションというプロセスを適切に実行できる能力が求められる職種である。

ここで重要なのが、「警備はコスト」という表現の扱いである。これは警備を軽視する意味ではなく、発注側・経営側の意思決定において、警備が“支出項目”として扱われている現実を指す言葉である。問題は、そのコストが価値(Value)として説明されていないことにある。警備がどのリスクをどの程度低減し、業務継続や安全確保にどう寄与しているのかが示されなければ、当然ながら単なる削減対象と見なされる。

本書は、この「コストから価値への転換」という本質的な課題に踏み込めていない。結果として、「警備は重要である」という主張は繰り返されるものの、それを裏付ける因果や指標が提示されないため、業界外の評価を変えるには至らない。

総じて、本書は警備員という職業に対する入門的な認識修正には一定の役割を果たし得るが、プロフェッショナルとしての警備を理解するための書籍としては、具体性・再現性・検証可能性のいずれにおいても不足している。警備の価値を社会に示すためには、「存在していること」ではなく、「存在することで何が変わるのか」を明確にする必要がある。

FJ Protectionとしての結論は明確である。本書は問題提起の入り口にはなり得るが、その先、すなわち警備の本質を構造的に理解し、実務に適用する段階には到達していない。警備という専門領域の評価を引き上げるために必要なのは、理念ではなく、具体的かつ再現可能な知見である。


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