今回の事件に限らず事件が起きた後には、あれこれ言う専門家が増えるものです。事件後に口で言うのは簡単ですが、実際にするのでは全く異なります。そして日本だけに限りませんが、こうした事件があると、事件後に必ず「組織内の犯人捜し」が始まり、誰かに責任を押し付けることで事を収める傾向にあります。そしてそのターゲットとなるのが、大抵の場合はウィークエスト・リンク(立場の弱い者)、今回の事件であれば現場で警護を担当したSPや、現場の警備を担当した奈良県警ということになります。案の定1日経って、テレビでコメンテーターたちがこぞって「警備には問題がなかったのか」、「警護体制に不備はなかったのか」と話題に挙げています。警護や警備に問題がなかったとは言いません。しかし、そんなことは当の本人たちが一番分かっていることです。そして警察だって威信にかけ今後2度と同じような事件が起きないようにしっかり警備や警護について見直すでしょう。どうせ「犯人捜し」をするのなら、表面的なものではなく、もっと深いところまで捜査していくべきだと著者は思っています。
テレビやネットでは、警備や警護に問題があったために起きてしまった事件かのように言われており、SPの対応次第で安倍元総理は命を落とすことがなかったなんて意見も多く目にします。実際のところは、現場にいた人たちにしか分かりません。新聞やニュースの切り取れた断片的な情報だけで、どこに問題があったのかを特定したり判断したりするのは困難です。著者の一番の懸念は、こうした批判的な意見等を見聞きした事件に直接関わった人達のことです。間違った情報でも、何十回、何百回と言われていれば、それが真実のように勘違いする事だってあります。責任を感じ、間違った選択をしてしまう可能性だってあります。今回の事件でこれ以上の被害者を出す必要はありません。
日本の警察事情には詳しくないので、アメリカの警察を例に挙げたいと思います。アメリカの警察には、「Officer-involved shooting guideline」という銃撃戦をした警官に対する接し方のガイドラインというものが存在します。このガイドラインは、犯人に向け発砲をした警察官だけでなく、今回のように事件にかかわった警察官や、現場でたまたま事件に巻き込まれてしまった人にも適応が可能です。International Association of Chief Police (IACP)が批准するガイドラインがとても良く出来ているのでご紹介します。因みにこちらはIACPのホームページからPDFバージョンが誰でも無料でダウンロードできますので、警察関係者だけでなく、警備業従事者、関係者の方にもぜひ目を通して今後の参考にして欲しいと思います。このガイドラインで特に注目して欲しいのがセクション6のPost Shooting Investigationsです。英語ですし、長いので簡単に要約すると以下のようなことが書かれています。
今回のような重大事件に関わった関係者の精神的ケアは、どんな精神科医でも良いわけでなく警察の業務内容をよく理解している専門医でなければならないとあります。
アメリカ人でも、カウンセリングを必要とせず拒絶する者がいます。きっと日本人ならアメリカ人以上に拒む人が多いことが容易に想像できます。しかし、必要としていなかった人も実際にカウンセリングを受けると大抵の場合、有益だった感じるという結果もでており、出来る限り受けるように促すことが推奨されています。アメリカの警察では、最低1回のカウンセリングを義務づける傾向にあります。日本では、カウンセリングにネガティブなイメージや、抵抗感を持っている人が多いように感じます。しかし、カウンセリングが一般に広く受け入れられているアメリカでは、誰でも気軽に受けられるもので、決して特別なものではありません。特に日本人は問題を自分の中でため込みがちなので、カウンセリングを活用し、人に話すことでストレスを軽減も期待できます。
事件後の介入は、遅くても1週間以内に行う必要があります。そしてこの介入の大きな目的は、ストレスを軽減し、十分な睡眠を促し、テレビやニュースの誤情報やネット上の誹謗中傷などから遠ざけ、間違ってもお酒や薬に救いを求めることがないようにすることです。
事件後は、責任感からすぐに仕事に復帰しようとする人も少なくありません。しかし、仕事復帰前に十分な精神面の休みが必要です。
事件による精神面の異常は、事件後すぐに出るとは限らず、しばらくしてから次第にということも考えられるので、フォローアップも重要です。特に事件から1年後といったアニバーサリーに事件を思い出し、精神的不安等が現れることもよくあるので、周期が訪れる前に連絡を取ることも重要です。
当然のことですが、上記のカウンセリング等の介入は、極秘に行われるべきで、こうした情報が当人の許可なしに報道などされるべきではありません。
事件後の介入は、実際に事件に携わった関係者だけでなく、その家族にも行われるべきだということも忘れてはいけません。
今回の事件は日本国内だけなく世界にも衝撃を与えました。そんな大事件だけに、これ以上の被害が出ないように国、そして警察等の組織には関係者に十分なケアの提供を求めると同時に、ニュースやネットも関係者をむやみに非難するのではなく、今後の改善点を客観的に話し合うにとどめて欲しいと考えています。
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