Ox-walk (delaying) Tactics

日本の政治に精通している警護対象者(以下「V」)の警護任務中に、Vから「Ox-Walk Tacticsの事は知っていますよね?」と問われたことがあります。私は、「Ox-Walk Tactics!? 聞いたこともありません」と答えてしまったところ、そのVから「日本人なのに本当に知らないのか?」と更に問い詰められました。「日本人なのに」と言われたことで、日本のことだと悟ったうえで再考してみたところ、ある日本語の直訳だということに気がつきました。議会内での投票の際、故意に投票箱までゆっくり歩き時間をかけて議事妨害を行う戦術である「牛歩戦術」のことだったのです。さすがに牛歩戦術は知っていたので、すぐにリカバリーが出来ましたが、もう少しで恥をかくところでした。

「恥」と言えば、近代日本の文部官僚、東北大学初代総長、そして成城学園創設者の澤柳政太郎氏の有名な格言に、「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」というものがあります。私もその通りだと思います。完全な人など、この世には存在しません。知らないことは、次回までに学んでおけばよいのです。ボディガードが絶対にしてはいけないことの1つが、答えの定かではないことに対して適当に答えてしまうことです。ボディガードは、真摯でなくてはなりません。答えが確かでない質問には対しては、「確認してからお答えします」と解答した方が不確かな解答をするよりプロフェッショナルです。

ただ限度は存在しています。あまりにも何も知らないのでは、ボディガードの仕事は務まりません。将来、一流どころの警護を担いたいと思っているのであれば、派手で分かりやすい護身術などだけでなく、専門以外の分野からも色々学ぶ必要があります。教養を身につける方法はいくつもあります。色々な分野の本を読んだり、色々な人の話を聞いたり、討論したり、美術館や博物館に行きアートに触れたりすることも、将来必ずボディガードの仕事で役立ちます。

警護を担当したVに絵画鑑賞が好きな方がいました。その方は、気に入った美術館や博物館があれば、何度でも行くような方でした。ニューヨークシティには、フランスのルーブルとロシアのエルミタージュと並び世界3大美術館に数えられるメトロポリタン美術館があります。メトロポリタン美術館も、そのVのお気に入りの美術館の1つでした。行ったことがある方は分かると思いますが、とても広い敷地で全部の作品をしっかり見ようと思ったら1日あっても足りません。Vもそのことは分かっていて、毎回Advanceに気を利かせて「今回は○○の作品を中心に観て周る」、「○○の特別展示を観に行く」と言ったように事前に観て周るセクションを知らせてくれていました。大抵の場合は、画家の名前なのですが、時として作品名だったりするので、多少なりアートのことを知っていないと、Advanceに余計な時間がかかってしまいます。このVは時々、作品を観た感想などをボディガードに聞くこともありました。警護中は、どんなに素晴らしいアートであっても見入るようなことはしません。「任務中なので観ていませんでした」と答えても業務上では問題はありません。しかし、アートを知っていれば、その作品を観ていなくても気が利いた答えを返すことが出来ます。こうした言葉のキャッチボールは、ボディガードの腕とは直接関係ないと思うかもしれません。しかし、外国人はウィットに富んだ受け答えが出来る人を好む傾向にあり、それが出来れば仕事を得るチャンスも高まります。どれだけボディガードとしての実力があっても、仕事がもらえなければ宝の持ち腐れになってしまいます。

今は偉そうにこの記事に書いていますが、学生時代の私はこのことに気がついておらず、まったく実践できていませんでした。そのため、警護の職に就いてから、牛歩戦術のこともそうですが己の無知さ加減で恥をかくことも多く、苦労しました。だからこそ、これからボディガードを目指す方には、私と同じ苦労をしてほしくないと思っています。


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