CARVER分析とClose Protection計画におけるリスク可視化の実践的応用

警護の仕事は「危険を察知して防ぐ」ことに尽きますが、その判断を経験や直感だけに頼ってしまうと、どうしても見落としやバイアスが生まれます。
特に、海外要人の来日対応や企業幹部の移動警護では、短時間で多くの判断を行う必要があり、客観性と再現性のある評価手法が求められます。

そこで有効なのが、CARVERです。

以前一度簡単に紹介したことがありますが、CARVERとは、Criticality(重要性)・Accessibility(接近容易性)・Recuperability(回復力)・Vulnerability(脆弱性)・Effect(効果)・Recognizability(認知性)の6要素から成る分析モデルであり、もともとは米国特殊部隊が攻撃目標の価値を評価するために開発されたものです。

しかし、その分析構造は「攻撃対象を客観的に評価する」という点で防御側にも極めて有用であり、警護分野においても、対象の脆弱性や優先防護ポイントを数値的に整理するツールとして活用することができます。

警護計画の基本構造は、脅威評価 → 脆弱性分析 → 対応策立案 → 実施の流れで構成されます。このうち「脅威評価」と「脆弱性分析」にCARVERを導入することで、対象者・行動動線・イベント・宿泊施設などを体系的にスコア化し、防護リソースの最適配分に必要な根拠を得ることができます。

以下は、CARVER各要素の警護への適用例です。

要素定義CPでの適用例
C – Criticality(重要性)攻撃対象が持つ価値・象徴性対象者の地位・露出度・影響力
A – Accessibility(接近容易性)攻撃者が対象に接近できる容易さ空港、ホテル、イベント会場などのアクセス性
R – Recuperability(回復力)被害後の回復・復旧の速さ緊急退避経路、医療対応能力
V – Vulnerability(脆弱性)攻撃成功の可能性防護体制の薄い時間・場所
E – Effect(効果)成功時の波及効果攻撃が与える政治的・経済的影響
R – Recognizability(認知性)攻撃者が対象を識別できる程度公務露出・メディア掲載・行動パターンの明確さ

  • 対象者:外資系グローバル企業 CEO
  • 滞在期間:3日間(羽田到着 → ホテル滞在 → カンファレンス登壇 → 視察訪問 → 成田出国)
  • 想定脅威:企業活動に対する抗議、報道露出によるリスク、一般的犯罪行為
要素評価対象分析内容スコア(1~5)
CCEO本人国際的影響力・報道価値が極めて高い5
A羽田空港ロビー一般客との動線共有・接近容易4
R緊急対応能力医療・避難体制が確保済2
Vホテル出入口オープン構造で脆弱4
E攻撃成功時影響国際的報道・株価変動5
R登壇時の認知性事前告知により容易に識別可能5

総合スコア:25点(高リスク)

CARVERスコアを用いることで、各行動ポイントのリスクを可視化できる。以下はその一例である。

行動ポイントCARVERスコア優先度対応策
空港到着23VIPルート使用・先行警備配置
ホテルロビー21バックエントランス導線・到着非公表
カンファレンス会場25最高出入口封鎖・緊急退避ルート確保
市内視察19交通管制・警察協調
出国(成田)16早朝出発・動線分離

このプロセスによって、限られた警護リソースを最も危険度の高い地点に集中的に配備することができます。

CARVERの分析結果は、以下のプロセスに統合されます。

  1. Advance Work(先行調査)
     現地踏査により各ポイントをCARVER評価し、動線図と避難経路図を作成。
     高スコア地点については警察・施設側と事前協議を行う。
  2. Protective Intelligence(情報収集)
     SNS・メディア露出の監視により認知性を下げる対策を実施。
     抗議活動やストーカー動向をリアルタイムで分析。
  3. Execution(実行段階)
     高リスク地点ではPrimary・Secondaryの二重警護体制を敷く。
     状況に応じて動線変更やタイミング調整を即応的に行う。
  4. Post-Operation Review(事後評価)
     警護終了後、各ポイントのスコアを再評価し、脆弱性改善案をまとめて次回案件に反映する。
  ┌───────────────┐  │ CARVER分析による評価│  └───────────────┘│▼  ┌─────────────────────┐  │ リスクスコア算出(拠点・動線別)     │  └─────────────────────┘│▼  ┌─────────────────────┐  │ 優先順位付け(High / Medium / Low)│  └─────────────────────┘│▼  ┌─────────────────────┐  │ 警護リソース配分・計画策定│  └─────────────────────┘│▼  ┌─────────────────────┐  │ 実行 → 事後評価 → 改善フィードバック│  └─────────────────────┘

CARVERの最大の強みは、主観に頼りがちな警護分野に「客観的評価軸」を導入できる点にあります。「危険そうだから」ではなく、「CARVERのスコアが高いため優先する」という論理的根拠が生まれることで、チーム内の意思統一が容易になり、クライアントやマネジメント層への説明責任も果たしやすくなります。

その一方で、CARVERは万能な数値モデルではなく、あくまでも判断を補完するツールです。現場状況や社会情勢の変化によりスコアは変動するため、定期的な再評価が欠かせません。CP業務では、定量化されたリスクに基づきつつ、人的直感と経験を融合した判断が求められます。

CARVERは攻撃側の分析モデルとして生まれましたが、防御側に転用することで警護計画の科学的精度を大幅に高めることが可能です。特にAdvance段階でのCARVER分析は、限られたリソースを最大限に活用し、警護行動を効率化する上で非常に有効です。

すなわちCARVERは単なる理論ではなく、
「リスクを可視化し、警護判断を客観化するための実務的インテリジェンスツール」
として位置づけられます。

今後の警護分野では、定量分析と現場感覚の融合が、より高度で実効性の高い防護活動を支える鍵となるでしょう。


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