以前、火山や温泉(ブルーラグーン)、オーロラに氷河など見どころ満載で観光客に人気の国アイスランドにアドバンス(先着警護)をしに行ったことがあります。日本と同じように周りを海で囲まれた島国のアイスランドの面積は、日本より更に小さく10万3000㎞²しかありません(日本は、377,976,41km²)。人口も、福島県いわき市とほぼ変わらない約35万人しかいません。そんな人口も面積も小さなアイスランドでは、犯罪はほぼ起きず長年、最も安全で平和な国と言われています。なにしろ、国家元首である大統領の官邸ベッサスタージル(トップの写真)ですら観光バスで観光客が訪れ、家の中を窓から覗けてしまうほどで警備の意識は皆無です。国家元首の官邸ともなれば、周りには頑丈な防壁があり、監視カメラや警備員などで厳重な警備がされているのが普通ですから、アイスランド人の警備に対する感覚にはかなり驚かされます。この警備への意識の低さは、一般人だけでなく現地の警察官にも共通したことなので、アドバンスをする際にかなり困りました。
国連本部警護チームでは、アドバンスの任務を与えられると渡航する前に必ず、現地の外務省担当官や一緒に警護にあたる警護担当者たちにメールや電話で連絡を取り、現地での打ち合わせの日時も決めます。基本的にアイスランドの人たちは穏やかで人間的にはとても付き合いやすく、現地での打ち合わせの日時も問題なくすぐに決めることが出来ました。
アイスランドの首都レイクキャビックに到着してすぐに一緒に警護をする警察官たちと打ち合わせをしたのですが、そこで彼等から私をビックリさせる発言がありました。通常、共同で警護をするのであれば、警護対象者(以下「V」)の滞在中のスケジュールを共有し、Vが行く全てのロケーション、ルート、病院などを実際に訪ね、警護プランを合わせるという作業をします。しかし、アイスランドの警護官たちは、「どこのロケーションにも何度も行ったことがありよく分かっているので下見に行く必要はない。申し訳ないが一緒に下見に行く時間は作れません。」と言うのです。
そう言われてしまえば、仕方がありません。一緒に下見に行くつもりだったので、交通手段を確保していなかった私は、打ち合わせ後すぐに近くのレンタカーショップを探し、車を1台借りました。レンタカーを借りれば、当然費用がかるので通常であれば本部の許可を取るべきです。しかし、治安が良いアイスランドで、しかもVのスケジュールが比較的に楽だった為、アドバンスに与えられた時間は単独でアドバンスをするとなると十分な時間ではありませんでした。アイスランドとニューヨークには4時間の時差があり、本部の許可を待っていたら、それだけアドバンスに費やせる時間がなくなります。そのため、私は自腹覚悟で、上司にも相談せずに自己判断でレンタカーを借りることにしました。
こういうこともあるので、海外で活動するボディガードは運転する予定がなくても、国際免許を持っておくこと強く推奨します。幸いアイスランドの人は皆とても親切で、外国人の私が当然訪ねていったにもかかわらず、当日までに改善しておくことがあるか私に確認してくれるなど、とても協力的だったこともあり、見知らぬ土地で1人きりのアドバンスでしたが、満足いく内容で行うことが出来ました。
ただ、Vがアイスランドに到着し、警護任務が始まってからもまた大変でした。日頃からの行動範囲である空港からホテルやレイクキャビック市内ではアドバンスを怠ったアイスランドの警護官たちも特に問題はありませんでした。しかし、気候変動について調べる為、郊外の火山を訪ねる際に、彼らが道に迷ったのです。車列の先頭を走る警察車両に乗っていた私は、言葉が分からないので具体的に何を言っているのかまでは分かりませんでしたが、本部とやり取りをしているときの焦った表情や声質からそれに気がつき、運転をしていた警護官に正しい道を指示し始めました。このときは自国の道を数日前に到着したばかりの外国人に教わり格好がつかなかったからか、私の指示で無事に目的地に着くことが出来たにも関わらず、アイスランドの警護官からの感謝の言葉はありませんでした。さらにその後、Vが小さな漁師町Eyrarbakkiのレストランで昼食を取ることになっていたのですが、その道中またも警察官たちは道に迷い、そこでも私が正しい道をナビすることになりました。そのうえ、アイスランドの警護官たちは、そのレストランに1度も行っていなかったため、入口も席も分からずオロオロしていました。レストランのオーナーもそんな自国の警護官たちではなく、きちんとと事前にアドバンスで訪れオーナーと打ち合わせをした私に指示を仰ぐほど、現地の警護官たちの信用はガタ落ちでした。このようにアドバンスを軽視していたためミスを連発し醜態を晒してしまったアイスランドの警護官たちでしたが、さすがに後半はアドバンスをしなかったことを悔い、私に色々と指示を請うようになってくれましたし、私が帰国する際にした力強い握手からも、アドバンスの重要性を理解してくれたことが伝わってきました。
ニューヨークに戻った私は、レンタカー代の請求を国連にしました。当然、ファイナンシャルデパートメントからすぐに連絡がきて、レンタカー代について問われました。本部の許可もなしにレンタカーをしてしまったのだから仕方ありません。しかし、実は帰国前にアイスランドの警護官たちが私の上司に経緯を話してくれていたようで、そ 状況を理解していた上司からサポートもあり、無事に支払ってもらうことが出来ました。
海外だと日本では考えられないようなことが、たびたび起きます。自己の保全のために本部や上司などの許可・指示を待ってから行動をする人がいますが、私は「プロ」と呼ばれるボディガードになるためには、時として今回紹介したケースで私が取った行動のように自己責任も覚悟の上、自分で決断を下すことが出来なければならないと思っています。
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