リスク・トランスファー

テレビで、ヒッチハイカーに対して社用車にも関わらず止まって乗せてあげている人をときどき見かけます。 日本では、ヒッチハイクの行為自体は金銭が絡まなければ合法です(道路運送法第4条)。しかし、海外ではヒッチハイクが法律で禁止されている国や地域があります。国連本部があるニューヨーク州や私が10年以上住んだニュージャージー州では、州法によりヒッチハイクが禁止されています(アメリカでは、全50州のうち6州でヒッチハイクが法律で禁止されています)。ヒッチハイクが禁止される主な理由は、犯罪につながる可能性があるからです。

法に関係なく、常識的にクライアントが乗車していない時であっても、ヒッチハイカーを拾うボディガードはいないと思います。ヒッチハイクとは異なりますが、クライアントが乗車していない状態で、警護対象範囲ではないクライアントの家族や、(クライアントの)友人・知人を、本来警護対象者を乗せる車両(以下「VC」)に乗せても良いのでしょうか。答えは、当然なことですが契約次第です。契約時に、クライアントの依頼があった場合には、警護対象でない人もVCに乗せるという条項があれば、乗せても問題はありません。しかし、こうした条項がない場合には、当然ながら乗せるべきではありません。

私の世代でヒッチハイクというと「猿岩石」と「電波少年」をどうしても思い出しちゃいます。

民間警備会社の経営者の中には、現場で働くボディガードが契約の内容まで知る必要はないと考え、情報を現場とシェアをしない人もいますが、契約の内容は現場でのオペレーションに多大な影響があります。金額などは伏せても良いと思いますが、カバーの内容は最低限、現場とシェアをするべきだと私は思っています。

因みに国連本部では、警護対象者(以下、「V」)が乗車していない場合には、業務上必要がある国連職員以外の人は乗せてはいけないという決まりになっていました。つまり、Vから「迎えに来る前に、途中で○○にいる○○氏を拾って連れてきてください」や、Vを自宅に送り届けた後に「友人・知人等を自宅まで送り届けてください」とお願いされても、ルールに反するためにお断りしていました。これは事前にVにも伝えてあることで、Vも知っていてお願いしているので断っても特に問題がありません。ただ、Vのお願いを何も考えずにルールだからとバサリと切るだけでは、あまりに心がありませんし、ビジネスに差し支えが出る可能性もあります。そのため、問題を解消する方法としてVには遠回りになりますが、Vが車内にいる状態で友人・知人を先に送り届ける方法を提案するなどして対応していました。ボディガードのルート選びでは、出来るだけ最短、出来るだけエクスポージャータイム(露出時間)を減らすことがキーです。そう考えれば、わざわざ遠回りすることは、ベストな選択ではありません。しかし、Vを自宅に送り届けた後、もし襲撃者が、警護チームがVのゲストを送り届けに行くことを知り襲撃した場合、チームはすぐに対応することが出来ません。そうしたことを考慮すれば、遠回りしてでもゲストを先に送り届ける対応はベターな選択だと言うことが出来ます。

VCでない他の車両であれば乗せても良いのでしょうか。これも全て契約にもよりますが、ボディガード/警護官が乗車し、VCを護る警護車両には、警護関係者以外を絶対に乗車させてはいけません。以前、人数の問題でVCに乗れなかったゲストを、警護車両に乗せるようにVから頼まれたことがあります。警護車両は、VCに何かあれば犠牲となる車両なので、VCとはそもそも存在意義が異なります。その為、運転の仕方も全く違います。右へ左へとシフトチェンジも多様しますし、急な加速や減速をしたりと、VCに比べて分かりやすく言えばかなり乱暴な運転です。そしてVCに万が一があれば、Vを乗せることもあるのでたとえ空きスペースがあっても、ボディガード/警護官以外の人を乗せることはタブーです。

規則に反して、Vが車内にいない状態で、警護対象外、そして国連職員ではない人をVCや警護車両に乗せていて時に、もし事故などに遭ってしまい、訴訟問題などになってしまった場合、国連本部ははたして警護官を擁護してくれるでしょうか、保険は適応されるのでしょうか。

プロのボディガードは、ボディガードである前にセキュリティのプロでもあるので、自らのリスク・マネージメントに関してもしっかりとマネージメント出来ていなければいけません。リスク・マネージメントの1つにリスク・トランスファーというものがあります。これは言葉の通り、リスクを他へ移す、つまり保険等のことを指しています。日本では、残念ながら現場レベルで保険のことまで考えているボディガードには会ったことがありません。しかし、訴訟が日常茶飯事の海外に目を向けると現場レベルでも保険のことまで考えて行動をしています。

海外でボディガードを目指す人は、護身術や格闘術を学ぶことも重要ですが、同時に法律や保険の勉強もして知識による武装化も怠らないようにしてください。海外のニュースも気にされている方なら分かりますが、2013年に始まったBLM運動以降、ニューヨークでは警察官による過剰な暴力を減らすという名目で、警察官が本来の役目を果たすことすら大変になるような規制がどんどん設けられています。現代社会では、いくら腕っぷしに自信があっても、頭が空っぽでは残念ながら容易に淘汰されてしまいます。知識、情報は銃や格闘術にも劣らない武器です。アクションやスリルを求めて、ボディガードを希望する人には勉強は退屈なことかもしれませんが、そこは我慢して、なんでもすぐに覚えられる若いうちに出来るだけ知識を詰め込むことを奨励します。


カテゴリー

投稿一覧は、こちら

最新情報をチェックしよう!