S=V²/2μG

タイトルの公式(S=V²/2μG)を見て、すぐに「これは、○○の方程式です!」と答えられる人は多くないでしょう。この方程式は、車の制動距離を求める方程式です。制動距離とは、ブレーキがかかってから停止するまでに走行した距離です。Sは、制動距離、Vはベロシティ(速度、単位は秒速m)、μは摩擦係数、そしてGは重力加速度(9.80665m/s²)です。摩擦係数は、タイヤメーカーのダンロップによると、舗装路のドライ路面が0.8前後、同ウェット路面が0.60.4、積雪路が0.50.2、表結路が0.20.1とされています。制動距離とスピードの関係は非線型で、スピードが2倍になると制動距離はおよそ4倍に、スピードが3倍になると制動距離はおよそ9倍となります。つまり、時速30kmで走行中の車の制動距離は、S=(30×1000÷3600)²/(2×0.8×9.8)で求めることが出来、約4mとなります。そして2倍の速度である時速60kmで走行していた場合には、S=(60×1000÷3600)²/(2×0.8×9.8)となり、制動距離は約17mなります。

防弾車の場合には一般車とは総重量が全く異なる為、制動距離は一般車よりも長くなると言われています。つまり防弾車を運転するドライバーには、一般車を運転しているときよりも素早く危機を察知する能力がアクシデントなどを回避する上で重要となります。

(写真)防弾車のドア。総重量が重いのも納得。

前職では、車が多いニューヨークシティ中であっても緊急の際は時速130キロ程度で走ることもありました。それでも、ニューヨークには隙さえあれば緊急車両の車列に割って入って来ようとするドライバーが結構多いため、車が入ってこれない車間距離を保つ必要があります。運転席から前の車の後輪と道路との接地面がギリギリ見える程度の距離が車列における車間距離の目安だと言われています。しかし、よく考えると、時速130キロで走行した場合の制動距離は82mなので、小さなミスも許されないとても危険な距離で走行していることになります。こうした走行では、どうしてもリスクが伴いますが、少しでもリスクを軽減するためには、各自が己の運転性格を良く理解して車列のどのポジションが最も向いているのかを知ることです。「セキュリティ・ドライバー」と一言で言っても、ポジションによって運転の仕方は異なります。

(写真)ニューヨークシティ

日本の民間警備会社には、保険やコストの関係で運転をハイヤー会社に任せてしまっているところも少なくないようです。しかし、海外での経験も視野に入れている人の場合、自分の運転性格にはどのポジションが最も向いているかを知っておくことは将来必ず役立ちます。とりあえず今回は、車両の中心となる警護対象者/クライアント(以下「」)が乗る車両(以下「VC」)とその後ろを走りVCを護る車両(以下「SC」)の2台について簡単に紹介します。

先ずは、VCですが、この車が車列全体のスピードをコントロールします。緊急時のことも考えれば、Vが乗る車なので当然ながらチームで1番の運転技術を持つドライバーが運転するべき車両なのですが、脅威がほぼないようなVや環境の場合には、経験を積むうえでも2番手や3番手のドライバーに運転をさせても良いでしょう。というのも車列のスピードをコントロールできる車なので、運転手の技量に合わせて速度を落とすなどの対応が可能だからです。Vが乗る車両なので、ソフトなブレーキングなどの丁寧で気の利いた運転、そして温度や音楽など全てVの好みに合わせた車内で運転するわけですから、どんな環境でも常にミスのない運転が出来る高い集中力も求められます。前職では、氷点下20度近くまで冷え込むニューヨークの冬場が苦手な常夏の国出身のVに、車内の気温を眠くなるぐらい暑くすることを希望されたことがありました。しかも、このVは、音楽が嫌いで、車内は常にシーンと静寂なので、長時間の運転の場合にはいつも眠気との闘いでした。さすがにアメリカであっても、Vが車内にいる状態で警護官がガムなどを噛むわけにもいかず、とにかく気合でどうにか乗り切るしかありませんでした。

次にSCですが、VCを護る為ならなんでもする車両です。この車両を運転する人は、チーム内で最もアグレッシブなドライバーが最適です。因みに私は、前職で運転任務の際には、この車両を運転することが1番多かったです。日頃から車線変更をする際には、先ずはSCが後続車をブロック、安全が確認されてからSCが車線を変更するなど、とにかく先手、先手を読み、右へ左へと動きSCを護りことが求められます。SCのドライバーの技量が低いと車列の動きがスムーズには行かなくなってしまいます。つまりSCのドライバーには、アグレッシブさにプラスして高い戦略の理解度、高い反応速度処理能力、そして実行能力が求められます。前職の同僚には、敵からの襲撃を受け自力では動けなくなってしまったVCに後ろから追突してそのまま安全な場所まで押して助かったなんて言う経験をしたことがある人もいました。

挑戦しなければ得ることは出来ませんが、1度のミスが命取りになる世界なので、明らかな脅威がある場合に、間違って自分の運転性格とはマッチしないポジションに割り当てられてしまった際には素直にそれを認め、より向いているポジションにチェンジしてもらえないか打診することもプロのボディガードとしてのリスク・マネージメント術です。経験があるチームであれば、ドライバーの運転性格にあった最適なポジションを見つけあてがわれれるはずなので、新人の間はそれほど心配せず、あてがわれたポジションをミスなくこなすようにしましょう。


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