The elephant in the room

The Elephant in the room』という言葉を聞いたことがありますか。

直訳すると….

「部屋の中に象」

なんのことだか分かりませんね。

これは英語の慣用句で、「誰もが分かっているが、敢えて議論しない、触れることを避けるセンシティブな問題や重大な問題」という意味です。

長く警護業界にいると時々、ASDADHDLDという言葉を耳にします。

ASDAutism Spectrum Disorderの略で、日本語では自閉スペクトラム症アスペルガー症候群ADHDAttention Deficit Hyperactivity Disorderの略で日本語では注意欠陥多動性障害、そしてLDLearning Disorderの略で日本語では学習障害となります。

(画像引用元)政府広報オンライン

どれも日本語では『発達障害』と呼ばれる脳機能の発達が関係する障害です。

文部省の情報によると日本国内でも何らかの発達障害を持つ人は全体の6.5%、つまり1クラスに2人は何らかの発達障害を持っているということです。『障害』なんていうからネガティブな印象を持ってしまいますが、実はこうした発達障害を持つ人には特別な分野で他を圧倒する優れた才能を発揮する人も多くいます。

今なにかと話題の米電気自動車企業のテスラの共同創設者にしてCEOのイーロン・マスク氏も数年前テレビ番組でアスペルガー症候群だということを公表しました。

アカデミー賞の授賞式の壇上でウィル・スミス氏から張り手をくらってしまったクリス・ロック氏もNVLD(Nonverbal Learning Disorder/非言語学習障害)だと公表しています。

他にも調べてみると発達障害を持つ著名人は少なくありません。まだまだ『障害』に閉鎖的な一面を持つ日本では、他の国に比べ公表していない人や公表出来ない人も少なくないいのも事実です。しかし、国内でも楽天の三木谷浩史氏やニトリの似鳥昭雄氏(共にADHD)のように発達障害があることを隠さずに公言する人も少しずつ増えてきているようです。

三木谷氏や似鳥氏が警護を付けているのかは定かではありませんが(以前、ニューヨークで三木谷氏を偶然見かけることがあったのですが、その際にはご家族だけで特に警護を付けているようには見えませんでした)、イーロン・マスク氏は個人警護を付けていることが確認されています。

著者は、幸か不幸か、これまでに警護を担当した対象者に発達障害を持つ人はいませんでした。しかし、公言していないだけでかなり疑わしい人はいました。その対象者は、他の警護対象者はなかなかしないような行動をしたり、他者を傷つけてしまう言葉を投げかけたりすることがよくあり、警護をする上で当初かなり戸惑いを感じたことを今でも鮮明に覚えています。脅威がそれほど高い対象者でなかった為、小さなチームで警護を担当していたのですが、それぞれおかしいとは思いつつも推測の域だったため、そしてセンシティブな話題でもあるため、なかなかチーム内で「発達障害」が話題に上がることはありませんでした。しかし、警護を始めてしばらくすると、通常の警護方法ではどうしても対応しきれなくなった為、警護方針の見直しを計る際にようやく1人の警護官から今回の警護対象者はASDではないかという話が出ました。

ASDやその他の発達障害に限らず、警護する上で最も大事なことは、その対象者のことをよく知ることです。つまり対象者がASDなら、警護官はASDについて知っておかなければなりません。

著者は大学時代に初めて持ったルームメイトがASDだった為、なんとなくASDの人への対応を分かっているつもりでした。しかし、色々調べてみると全然分かっていなかったことに気がつくことが出来ました。今は、日本語のサイトでもASD、ADHD、LDについて詳しく解説するサイトが沢山あるので、この記事を読んで少しでもこうした症状に興味を持ってくださった方は調べてみてください。どこで警護のキャリアを積むにしても、対象者に発達障害がある可能性はありますから、多少なりとも事前に知識があれば将来どこかで役に立つかもしれません。

因みにASDの方に良くみられる特徴として、細部にこだわる点、高い誠実さ、そして自身が決めたルーティンに縛られる点は、警護方針に大きく影響しますし大きな課題となります。前述の著者が警護を担当したASDが疑わしいた対象者は、週5日間毎昼食を同じ時間に同じレストランの同じ席、そして同じメニューを食べることにこだわっていました。馴染みのレストランなら警護も楽だと思われる方もいるかもしれませんが、警護においてこうした変化がないルーティンはリスクでしかありません。行き先、そして時間を変更できない為、ルートの細かい変更、使用車両の変更、そして警備のレイヤー(層)を増やす等でどうにか対応をしていました。

なおASDの人には社会性の欠如や、コミュニケーションが特殊といった特徴もあるので、対象者へのアプローチ方法も通常とは変えなければなりません。

厚生労働者の精神・発達障害者しごとサポーター養成講座ページにあるASDへの配慮のポイントにも書かれていますが、もし対象者が公表している場合には、本人をよく知る臨床心理士などの専門家や家族に対象者の接し方について助言を貰う等は警護においても有効です。しかし、本人が症状を自覚していない、もしくは公表していない場合、警護はより難しくリスクも高くなることも理解しておかなければなりません。そして発達障害と言ってもその症状は1人として同じではないので、何か障害を抱える対象者の警護の任務を受けた際には時間が許す限り、その対象者そして症状を理解し、最適なアプローチ方法や警護方針を考える必要があります。マニュアル通りに出来ないのが警護の難しさです。警護は、柔軟性、そして臨機応変さが求められる仕事です。マニュアル通り、機械的にしか動けない人には向かない仕事です。


カテゴリー

投稿一覧は、こちら

最新情報をチェックしよう!