警備員指導責任者講習教本における「身辺警備員の選抜基準」について思うこと

日本国の国家資格「警備員指導教育責任者」の講習の際に使われる「警備員指導教育責任者講習教本II 4号」によると『身辺警備員の選抜基準』は以下だと書かれています。

身辺警備員の選抜に当たっては、経験、体力、年齢等を考慮すべきであり、おおむね、次のような基準によることが望ましい。

  • 気力、体力に富み、細心の注意力を有する責任感旺盛の者
  • 入社歴3年以上の者又は警備経験3年以上の者
  • 身長170センチメートル以上体重60キログラム以上、視力0.8以上(眼鏡等使用を含む。)者
  • 武道等の有段者
  • 普通自動車運転免許以上の免許を有する者
  • 外国語に堪能な者

ただし、近年においては、女性警備員による身辺警備業務の需要もあり、女性警備員の選抜に当たっては、この基準の限りではない

あくまでも「望ましい」なので絶対ではないにしろ、この基準には個人的に疑問を持っています。まずは③の身長と体重です。視力に関しては以前書いたようにシークレットサービスのような組織でも制限を設けていますし、警護の任務にあたるうえで周囲の状況を素早く的確に判断するために視力聴力はとても重要なので理解できます。因みに著者が所属した国連本部の警護チームでは視力に関しての制限はありませんでしたが、自動車運転免許が必須でした。ニューヨーク州で自動車免許を取得するには、視力テストで20/40(0.5)以上でなければなりません(著者が住んでいたニューヨークのお隣ニュージャージー州では、20/50(0.4)以上と州により条件が多少異なります)。つまり国連本部で警護チームに入るには、両目で0.4~0.5以上の視力がなければならないと言えます。

しかし、身長や体重に関しては、最悪の場合には自ら盾になることを考えれば身体は大きいに越したことがありません。ただ、警護といっても対象者の傍にいるPPOのようなポジションもあれば、対象者が訪れる全ての場所に事前に赴き、リスクがないか調べるアドバンス(先着警護)のようなポジションもあり、それぞれのポジションには異なる能力が求められます。アドバンスをする上では、身長よりもむしろコミュニケーション能力交渉能力が求められます。著者の先輩警護官にアドバンスを専門とする人がいました。彼は体格こそ小柄ですが、紳士風の外見や巧な話術で人の懐に入るのがとても得意で、彼がアドバンスをすれば入れないところはないとまで言われていました。ある時、警護対象者がニューヨークのクィーンズで毎年行われているテニスのUS Open決勝を生で観てみたいとボソっと言ったことがありました。その際、先輩警護官がどう交渉したのか定かではありませんが、数時間後には全てセッティングが整っていたなんてこともありました。もちろん高身長でコミュニケーション能力に長け、高い交渉術を持っていればそれ以上のことはありません。ただ身長が低いからというだけの理由で、ポジションによっては高身長の人よりも活躍できる人材をみすみす逃すことは得策ではありません。

体重に関しては、60キロ以上であっても、それがただ太っての60キロ以上では何の意味もありません。60キロ以上の体重があっても筋力が弱く、負傷した警護対象者を引きずって移動させることが出来ない人もいれば、60キロ以下でもそれが可能な人はいます。著者の経験上、体重の制限を設けるよりもAPFTのような体力試験を基準にした方がよほど理にかなっていると思います。国連本部の警護チームでは、チームリーダーやハイリスクの地域の警護任務にあたる人は、APFTの他に独自の体力試験をクリアしなければなりませんでした。

そして「女性警備員の選抜に当たっては、この基準の限りではない」というのは国連本部警護チームでも同様だったのですが、常々議論の的となっていました。全く異なる任務であるのなら選抜基準が異なるのでも問題ありませんが、同じ任務をこなす上で基準が異なるのはおかしいと思います。身長についてでも書いたように、任務によって異なる特性がある警護では、以前にも書きましたが女性がより秀でる分野があるのも事実です。しかし、ただ性別で基準を変えるというのには疑問が残ります。「女性だから」だけで警護の任務につけるようでは、警護業界の向上は望めません。性別に関係なく、ポジションに合った特性で秀でる者がその任務につくことで、はじめて敬意が払われます。

著者は帰国後、4号警備(身辺警備)を行う警備会社に所属する警備員数名と話をする機会がありました。その方々の話だと、実際警備会社の選別基準は上記の基準よりもずっと緩くなっているようですので、身長が足りない、体重が足りないという理由だけで警護の道を諦めずに挑戦してほしいと思っています。

警護という職においては、日本国内よりも海外の方が圧倒的に本格的な経験を積むチャンスに恵まれています。しかし、残念ながら海外で働くには就労ビザを要する日本人が何の経験もツテもなく、やみくもに挑戦してもチャンスをつかむことは容易ではありません。就労ビザのサポートをしてまでも雇いたいと思わせるには、他者にない絶対的な武器が必要です。武器を見つけるには、まず基礎となるしっかりした土台がなければなりません。日本の民間警護の選抜基準に色々とケチをつけてしまいましたが、日本国内に在住の方なら、まずは国内で警護の経験を積むことは将来海外で働くうえで必ずプラスになるでしょう。


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