コスパ最強の警護・警備訓練は、Tabletop Exercise(テーブルトップ演習)だと考えています。『Tabletop Exercise』とはその名の通り、机の上で行う演習、机上の研修のことで、日本語だとロールプレイング研修と呼ばれています。ではなぜ、Tabletop Exerciseがコスパ最強の訓練なのかというと、Tabletop Exerciseは場所を選ばず、特別な道具が不要であるためです。つまり、0円で実施できます。しかし、日本の警備業界でこの訓練を実施する企業は多くありません。その理由は、経験豊富な指導者の不足、警備員の向上心の欠如、危機意識の不足、そして警備会社の怠慢が主な原因だと考えます。
Tabletop Exerciseの目的は、計画や手順の確認、修正、および緊急事態への備えです。また、コミュニケーションの向上や協力体制の確立なども促進します。
つい最近、筆者が新人警備員2名の指導を行った際に、Tabletop Exerciseを試してみました。2名ともTabletop Execise自体が初めてで思ったような効果が得られなかったため、少々がっかりしました。実際にどのようなやり取りが行われたのか、以下で説明します
筆者がTabletop Exerciseを行う場合、実際に発生した事件や事故をシナリオとして使用することが多いのですが、これはその際の対応が適切だったのか、より良い対応があるのか再評価するためです。研修生が経験が豊富だったり、優秀だったりすると、指導者のほうが新たなアイデアを得ることもあります。つまり、Tabletop Exerciseを行うことには、研修生だけでなく実施者にもメリットがあると言えます。こうした点も、筆者がTabletop exerciseをコスパ最強の訓練と考える理由の一つです
この時の研修では、施設Aの2階にある搬出口で女性社員Bがカートを運んでいる際にカートのタイヤが凹みにはまり、転倒したという事例を新人警備員CとDに提示しました。この事故はセキュリティデスクから近い場所で発生したため、セキュリティスタッフはすぐにその大きな音で事故に気がつきました。こうした状況を説明したうえで、筆者が転倒しケガをした女性社員Bの役を演じ、新人警備員たちには事故後の警備員の対応についてロールプレイをするよう指示しました。
ところが、新人警備員CとDは、何も考えずに「状況によります」と答えたのです。これでは訓練の意味がありません。仕方がなく、具体的にステップバイステップでどのように行動するかを尋ねると、今度は2人とも「まずは119番に連絡する」と答えました。
常識的に考えて、転んで膝をぶつけただけの場合、すぐに119番に連絡する必要はありません。これは警備員でなくても分かる一般的な知識です。警備員の場合、まずは現場に駆けつけたら、その詳細な状況を確認することが最初のステップです。現場の安全確認を行った後、ケガを負った人にアプローチします。アプローチの際、すぐに相手の身体に触れるようなことは避けるべきです。まずは目視でケガを負った人の全身をスキャンし、床に打ち付けている膝以外の他の部位のケガがあるかどうかを確認します。その後、ケガ人本人にも確認し、ケガの状態に応じて適切な応急措置を施すことが大切です。
お腹や後頭部などを強打している場合には特に注意が必要です。怪我人を動かさない方が良い場合もあるため、その場から動かさないようにし、安全を確保するために、例えば搬出口を一時的に閉鎖して車両の出入りを制限するなどの対応が必要です。骨折か打撲かの判断は、一概には言えませんが、動かせるか動かせないかがポイントになります。打撲の場合には痛みがあっても動かせることが多いのですが、動かせない場合には骨折の可能性も考えた方がよいでしょう。
救急車を呼ぶか本人に尋ね、本人が必要ではないと答えた場合であっても、救急処置を受ける重要性を伝え、必ず医師に一度診察してもらうよう促すべきです。素人判断で「少し休めば大丈夫!」など、無責任な発言をすることは絶対に避けなければなりません。
膝の傷に対する処置について、新人警備員CもDも単に「手当をします」と答えました。このような場合、指導者は具体的にどのように手当を行うのか詳細を尋ねる必要があります。 今回の演習では「まずは傷口の消毒を行います」と答えた2人に、「消毒液」がどこにあるか尋ねました。CもDも救急箱の場所は最初の研修で知らされていたので把握していましたが、救急箱を開けて中身をチェックすることまではしていませんでした。そのため、救急箱には消毒液が含まれておらず、代わりに酒精綿が入っていることを知らなかったのです。実際に傷口をどのように消毒するのかデモンストレーションするよう筆者に言われて初めて救急箱を開け、そこにあると思っていた消毒液のボトルが入っていないことに戸惑い、酒精綿を見つけることができずにいました。
酒精綿は自力で見つけることが出来そうになかったので、助け舟を出し酒精綿を見つけたあとはどうするか問うと、CもDも女性社員Bにいきなり触れることなく、消毒の為に酒精綿越しに膝に触れることを伝え同意を取ることができました。ただ、ここで再度研修をストップをさせなければなりませんでした。それは先ほど中身をチェックした救急箱には使い捨てのゴム手袋が入っていたにも関わらずCもDも素手で対応をしようとしたからです。ただ止めた理由はすぐ教えるのではなく、何かが足りないと伝えるだけに止め、まず自分で考えさせることもポイントです。このように具体的な場面を想定し対応を考えさせるトレーニングを積むことで、警備員は緊急時に適切な対処をするためのスキルを磨き、自信を持つことができます。
Tabletop Exerciseは、筆者が国連本部に在籍していた際、警護班では毎朝ファシリテーターを変えて実施されていました。毎年9月にニューヨークの国連本部で開催される国連総会の前には、警護班だけでなく他の部署との連携を強化するために多くのミーティングが設けられ、その際にもTabletop Exerciseが多く実施されています。国連本部警護班では、日々のTabletop Exerciseで新たに出てきたオプションはすぐに実際に試され、良ければ実装という感じで常にチーム一丸となって進化しており、それが強みでした。
このようにTabletop Exerciseは、警護員、警備員の危機管理能力を向上させる非常に有用な訓練方法であり、より安全で効果的な警護や警備を提供するための貴重なツールと言えます。日本の警備業界がTabletop Exerciseの価値を認識し、広く採用することは、より安全な社会を築く一助となるでしょう。是非皆さんも試してみてください。
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