壁に耳あり障子に目あり

日本の警備業従事者の中には、人とのコミュニケーションが苦手なため、人付き合いが少なく、一人で自由気まま、ストレスフリーな職場だから就いたというコメントをしている人をときどき見かけます。しかし本来真逆で、警備や警護は常に万が一のことを想定しながら動くためストレスもそれなりにありますし、コミュニケーション能力に長けた人がする職業でもあります。

しかし、コミュニケーション能力が高いというのと、ただの話好きは違います。ボディガードに限らず一般的なことですが、どこで誰が話を聞いているのか分からないので特に公共の場で話をする際や周りに人がいる際には言葉遣いや話の内容には気を使わなければなりません。周りは外国人ばかりなので、日本語なら何を話していても分からないだろうという考えはボディガードとして少々安直過ぎます。日本語は、英語、中国語、スペイン語ほどメジャーな言語ではありませんし、外国人にとって習得が楽な言語でもありません。しかし、外国人でも日本文化に興味を持ち、日本語を勉強している人は沢山います。実は、韓国でのアドバンスの際に私を助けてくれた韓国人の友人も、大学時代に日本語専攻で言われなかったら外国人が話していると気がつかないレベルの日本語を話します。トルコのインスタブールにアドバンスに行った際担当してくれた外務省の方も、日本が大好きで日本語を勉強していました。

なぜこんなことを書いたかと言いますと、私は母国日本でとても嫌な経験をしたことがあるからです。正確な数字は警備上教えることは出来ませんが、数百人いるニューヨークの国連本部の警備部ですが日本人は私1人でした。当然、警護もしくはエスコートが必要な国連本部高官が日本に出張する際は私が同行もしくはアドバンスをすることになっていました。日本は、アメリカ、中国に次いで3番目の国連支援国なので国連本部高官が訪れることも多く、実際私は毎年日本に仕事で来ていました。

(写真上)1945年にサンフランシスコのフェアモントホテルにて国連憲章が草案されましたこと記念したプレート

皆さんもご存じの通り、国連は第2次世界大戦後に戦勝国によって設立された機関で、日本は戦後アフリカを初めいくつもの国の支援をし、国連にもP5と呼ばれる常任理事国のうちアメリカと中国を除くロシア、フランス、イギリスよりも多額の分担金を支払っているにも関わらず現在も常任理事国にはなっていません。国連が本当に機能をしていたのは、第2代国連事務総長のダグ・ハマーショルドまでで、その後はどんどん影響力を失い今や何をするにもアメリカや中国といった超大国の顔をうかがいながらで何の意味も持たない団体だと言う人もいます。バブル時代ならまだしも、現在の日本には金銭的に余裕などなく、その状態であるにも関わらず多額の分担金を日本から今も巻き上げている国連に対して反対的な意見を持つ人も少なくないと思います。個人であれば、どんな意見を持ち、発言しても自己責任なので構いません。しかし、どこかの機関に属した状態で、個人的な意見や見解を発言すると問題となります。

(写真上)スウェーデンのユースタード村郊外にある第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドの銅像。

外務省での打ち合わせ後、私は担当官にいくつか聞くことがあり、その担当官が上司と話が終わるのをすぐ近くで待っていました。打ち合わせでは、当然私も日本語で話をしていましたし、日本人なので、私が国連側の人間ということを忘れてしまったのか気が緩んだのか、私のアメリカ人同僚もすぐに近くにいたにも関わらず、その上司は担当官に向かい大きな声で「国連の屑ども…」で始まり延々と文句を言っていました。担当官は私の存在に気がつき、申し訳なさそうな顔をしていました。言葉が分からなくても、表情や言葉の調子からそれが良い話かそうでないかぐらいは判断がつきます。私は、アメリカ人の同僚に、何か悪口を言っているのか聞かれました。他のどこの省よりも外国との付き合いがある外務省の代表の傲慢な態度を目にして、これが自国の代表なのかと恥ずかしくなり、同僚にも本当のことは言えずに適当にごまかしました。

ボディガードの何気ない一言で、本来なら得ることが出来るサポートが受けられなくなってしまうこともありますし、メディアに誤った印象を与え警護対象者に迷惑をかけてしまうこともあります。そのため、特に任務中のボディガードは常に言葉をきちんと選んで話す必要があります。


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