筆者は、現在(2023年1月)小規模店舗の警備に当たる警備員の指導も請負っており、その際に「警備員」の方々に必ず聞く質問があります。
以下がその質問です。
「店舗の営業時間中、店内の巡回をしていると床に倒れている店員Aを発見しました。あなたならどうしますか?」
それに対しての解答は決まって「先ずはAの状態を確認し、意識、呼吸がなければ心肺蘇生を開始します」といったものです。
「ファーストレスポンダー」として、この対応は細かく言えば100点ではありませんが、間違いとも言えません。しかし、「警備員」としてはどうでしょう。
どんな場所であってもそうですが、特に店舗という不特定多数の人が出入りする場所では、急病人の対応に入る前に周囲の安全確認をするのが鉄則です。ただ急病人を助ければ良いだけのファーストレスポンダーとは異なり、警備員には、例えば、客の出入りが激しい店なら、一度客を店から外に出したり、店を一時的に閉めたりするといった咄嗟の判断が同時に求めれます。警備員として食べているのなら、どんな時でも警備員であることを忘れてはいけません。筆者は、日本帰国後に地元の消防署で普通救命の講習を受講したことがありますが、このときも救命だけに焦点を置いて、周囲の安全確認、急病人と救急対応者自身の安全確保には触れない点が気になりました。
筆者は、ニューヨークでEMT-B(救急救命士)の資格を取得したのですが、アメリカではEMTだけでなくFirst Responderのコースでも必ず「Scene Safety, BSI」というフレーズが講習中何度も何度も繰り返され、徹底されます。Scene Saftyというのは周囲の安全確認、BSIはBody Substance Isolationの略で簡単に言うと感染予防の為に手袋やゴーグルといったPersonal Protection Equipment (PPE)を身につける意味となります。
安全な日本では、周囲にいた人が好意で救命に当たる場合には「Scene Safty、BSI」は出来た方が好ましいですが、そこまでうるさく言いません。しかし、警備員となれば別で、ここは徹底して頂きたいです。「プロ」の警備員には、Scene Safety, BSIはSituational Awarenessの一環として当然出来るべきとこです。
残念なことに、倒れている人がいると助けるよりも先に動画に撮り、SNSに拡散する人も少くないご時世です。幸い命が助かった後に、SNS等でその際の動画を見つけ嫌な思いなどをすることがないようすることも、警備員としての役目です。ここが警備員とファーストレスポンダーの大きな違いです。勿論、警護官を目指す方なら尚更これは忘れていけません。警護では、敵が1人とは限らないので常に複数人いると想定し、警護官自身が先ずは生き延びることを考えなくてはなりません。襲撃者が来たら、「とにかく撃退」とばかり考えていると、結局VIPを1人にしてしまい、任務失敗となります。こうしたことから、Scene Safety, BSIは施設警備だろうと身辺警備だろうと関係なく絶対だということが分かると思います。
スキルには、一度覚えてしまえば、身体がそれを覚えていて考えなくても身体が動くMotor Skillsと、言語のように使わなければ失われてしまうスキルがあります。
自転車の乗り方などは、一度覚えたら忘れないMotor Skillsですが、CPR(心肺蘇生法)は、後者の使わなければ忘れてしまうスキルです。著者はニューヨークのEMT-Bを取得したと書きましたが、現役を引退した事で著者自身が救命現場に関わることもなくなってしまった為、既に色々と忘れてしまっています。※ニューヨーク州では、EMT-Bの資格は3年に1度の更新が義務づけられており、更新もただ書類提出といった類ではなく、知識の確認が求められます。
スキルが失われてしますのを防ぐのがSustainment Trainingです。Sustainmentは、なぜか日本で大人気、スーツの襟にピンをしている人もよく見かけるSDGsの「S」、「持続可能な」という意味のSustainableと語幹が同じなので推測できると思いますが、「維持」を意味します。つまり忘れないように定期的に訓練すると言うことです。Sustainment trainingは、色々なスキルを求められる警護業界では特に重要だとされています。
日本に帰国後、出会った警備員の方々に年にどのぐらい、どのような訓練をしているかと尋ねると、大抵は現任教育の年10時間のみという解答が返ってきます。そして、訓練や教育不足を会社のせいにします。勿論、きちんと社員を育てる意思がない警備会社も良くありませんが、会社頼みの警備員もどうかと思います。会社が訓練や教育を提供してくれなくても、自身でお金を払い受けることはできます。そういう努力を怠っている警備員は、不満があってもその警備会社から抜け出すことは出来ません。
実際、筆者もEMTを取得した際、当時既に勤めていた国連では受けさせて貰えず、日本円で10万円ほどを自腹で払い、仕事の後に授業に通う生活をしていました。金銭的にも時間的にも負担はありましたが、そういった投資により、後に色々と道が開けました。
警備、警護共に適当にやることも可能ですが、プロとして極めるにはなかなか大変な仕事です。プロとしてCPRや護身術等使わなければ忘れてしまうスキルは一度取得しただけで満足せず、いざというときに戸惑わずに的確な行動ができるよう、日頃からテーブルトップエクササイズを取り入れたり、最低でも年に1度は正式な指導を受けたりするべきです。なお訓練や教育は、言われたまま受け入れるのではなく、必ず自身の任務ではどのように活かすことが出来るのか考える必要があります。これが出来ないと、前述の通り警備員なのに周囲の安全確認もせず、問題がある状態でCPRを始めてしまったりするミスに繋がります。
因みに適当にやっている警備員とプロの違いはその報酬です。日本では、警備と聞くと低賃金の職だと思われていますが、プロになればそれなりに稼ぐことは可能な職でもあります。何より日本ではとにかく競合が少ないので、実は狙い目の職業です。このブログを呼んでくださっている現職の警備員の方の中には、何かを変えたいと思っている方が少なくないと思います。今からでも遅くありません。所属会社が訓練や講習を受ける機会を与えてくれたらラッキーぐらいの気持ちで、興味がある訓練や講習は自主的に受け、日々レベルアップをはかり、その後は得た知識やスキルを失わないように努めてください。それだけでもキャリアアップのチャンスはぐんと上がるはずです。
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