お.も.て.な.し

2013年9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで行われた第125次国際オリンピック委員会総会で滝川クリステルさんが日本開催を招致の為のプレゼンテーションで「お.も.て.な.しと口にした事が日本ではかなり話題になりました。

日本=おもてなし」と思っている方、どのぐらいいるのでしょうか。少なくても海外の警護官でそのように思っている人は残念ながら多くありません。

海外の警護官と話すと日本には興味があるが、仕事では行きたくないという人が一定数いました。そして1度でも仕事で日本に来た事がある人ほど、そう答える割合が多かったのです。

これにはいくつか理由があります。元々海外で警護官を目指すような人たちには、アドレナリンが大放出するようなスリルを求める人が多いため、安全な日本には興味がないという意見もありました。しかし、それよりも多かったのが、日本人は基本的に皆親切だが、政府はそうでないという意見です。

2023年2月、日本に初めて訪れた元同僚Kと話す機会があったのですが、Kの口から「どこの国でも職業差別はあり、これまでも色々経験しているけど、まさか日本がここまで酷いとは意外で驚いた」という話を聞きました。

日本到着初日、飛行機の到着が遅れた為、KとVIP一行はホテルには寄らずに外相との夕食会の会場である外務省に直行しました。Kだって新人ではないので、夕食会でVIPと同じ食事が出るとは思っていませんし、期待もしていません。ただ食事どころか水すら出なかったことには少し驚いたそうです。筆者も国連時代に色々な国に行きましたが、警護官に対してこうした扱いを行う国は、日本と隣国の中国の2カ国だけです。

税金を無駄に出来ないのは重々承知です。ただ警護官もVIPと同じ人間です。当然ながらお腹も空きます。自国なら、事前に食事の準備も出来ますが、右も左も分からない海外という条件、そして常に移動でいつ食べられるかも分からない状況下では食事を事前に用意することは容易ではありません。任務終了後に食べれば良いという意見を耳にしたこともありますが、泊まる場所によっては任務終了後の時間にはどこもお店がやっていない場合が多く、そうなればその日は何も食べれずなんてこともあります。1日食べないぐらいでは死にはしません。ただ集中力を要す警護の任務においてガス欠は望ましくありません。「おもてなし」の国と言うのであればVIPに同行し海外から来る警護官にも、数百円のサンドイッチひとつくらい出してもらいたいものです。

Kの場合、初めての日本でリエゾンとしてVIPに単独で同行していた上、先着がいなかった為に日本がそうした対応をするとは知らず、事前の対応が出来ませんでした。著者も、てっきり来日経験のある同僚が事前にKに教えていると思いこみ、事前に伝えなかったことを少々後悔しています。

日本や中国のような国に行く際には、事前にエナジーバーなどを用意し、空腹で頭が回らないような状況に陥らないようにする対応が警護には求められます。先着がいる場合には、チームが食事の事で困らないようにコーディネートすることも重要な仕事です。そして、どこの国に行くのであっても、警護官は職業柄いつ食事をとれるか分からないので、お腹が空いていなくても、食べられる時には少量でも食べておく事が、特に海外出張では重要です。

因みにG7やG20といった、複数の国がまとまって来るようなイベントでは、流石に日本でも他の同行スタッフと分ける方が余計な手間だからだと思うのですが、警護にも食事が用意されます。

Kは、結局4日の滞在を通し、一度も食事どころか水すら提供して貰えなかったようです。来日前までは日本に対してとても良い印象を持っていたKが今日本をどう思っているのかが気になります。

日本の外務省は、大事なのはあくまでVIPだけで、警護官なんて眼中にないのでしょう。ただあまり多くはありませんが、VIPの中には職業差別をせず、誰に対しても公平に接する人もいます。元国連副事務総長のヤン・エリアソン氏もそんな人の1人で、筆者が彼の訪中に同行した際には、こんな出来事がありました。

(写真)第4代国連副事務総長ヤン・エリアソン氏と筆者

初日からかなりタイトなスケジュールで、今回のKの日本出張と同様に中国到着後、空港からホテルには寄らずに各地を忙しく巡りました。その間、筆者には食事や水は提供されませんでしたが、警護ではなく、セキュリティ・リエゾン/エスコートとして同行していたため(※国連では、エスコートの場合は、状況によってはVIPのそばを離れる事も許されています)、エリアソン氏が中国外務省に数時間滞在している時間に外に出て近くで食べてから戻るつもりでいました。しかし、外務省の担当者が「1歩でも外務省の敷地から外に出たらもう中に戻れません」と脅しをかけてきた為、食事をしに行くどころか、近くの売店に軽食を買いに行くことすら許されませんでした。そして、忙しかった1日がようやく終わり、ホテルのエレベーターの中で突然エリアソン氏が「ちゃんと食事は取れましたか」と尋ねてきました。筆者は、エリアソン氏に心配をかけない為にも「はい、ちゃんと食べました。」と答えたのですが、何かを察したエリアソン氏は、一緒にエレベーターに乗っていた外務省の担当官に向かって「潤は、私のチームの一員です。」と少々キツイ口調で言ったのです。この一言で、中国側の対応は激変、その翌日から中国滞在終了日までは、行く先々でVIPと同室のテーブルに筆者の席まで用意され、中国を発つ直前に空港では、さすがに丁寧にお断りしましたが外務省の担当官からお土産まで手渡されそうになりました。

見ている人は見ています。ニューヨークへ向かう機内で、エリアソン氏は、自分の責任で大変な思いをしたことを著者に詫び、このことだけが原因ではありませんが、これ以降彼が中国を訪れる回数は減りました。実は、エリアソン氏はスウェーデン海軍兵学校で訓練を受け、海軍予備役士官に叙任にされており、警護という仕事にとても理解のある方だったのです。そんなことも知らずに、警護をぞんざいに扱った結果、中国側は負わなくて良い痛手を追う結果になりました。

もしかしたら、日本も中国も、任務中の警護官は飲食をしないのが当たり前なだけで、職業差別をしている意識はないのかもしれません。ただ、そういった自国の「当たり前」が他国ではそうではない場合もあります。国として大々的に「おもてなし」を売り出すのなら、国民を代表してVIPを迎える政府は、そういったところも考慮し、対応を改める必要があるのではないでしょうか。


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