バラク・オバマ政権下で、第28代アメリカ合衆国国際連合大使を務めたサマンサ・パワーズ女史は、朝のランニングが日課でした。在任中、旅先であっても毎朝欠かさず走るようで、彼女の警護についていたDiplomat Security Service (DSS)の担当警護官が、朝から拳銃を忍ばせたウェストポーチを腰につけ彼女の後ろを走っている姿を、同じ宿泊先だった際に何度か見かけたこともあります。パワーズ女史は、そのスタイルからも見て分かる通り、かなりシェイプされていて、かなり早いペースで走っていました。アメリカの警護業界のあるあるなのですが、警護官にはウェイト・トレーニング重視のパワー自慢が多い傾向にあります。パワーズ女史の担当警護官も例に洩れず、パワー系のガッチリとした体形で、ランニングに適した体型ではないことが明らかでした。案の定、パワーズ女史の背中を必死に追いかける警護官は、夏の暑い時期だったこともあり、見ていてかわいそうになるぐらい顔は真っ赤になり、汗はダクダク、ハァハァ息を切らしながらかなり大変そうでした。
警備、警護上のリスクになりかねないと判断された趣味などに関しては極力控えるように促しますが、ランニング等、脅威が伴わないクライアントの趣味や生活スタイルは、変えることが出来ません。もちろん、ランニングそのもの自体には脅威がなくても、走るコースや環境により脅威となる場合もあるので、その際にはフィットネスジムでトレッドミルを使うなど代理案を提供します。警護プランを立てる上で、クライアントの趣味や生活スタイルを出来るだけ早い段階で知り備えておくことも重要です。依頼を受けた後すぐに行われるクライアント・インタビュー/クライアント・オリエンテーションでクライアントの趣味や生活スタイルについての質問は絶対に聞き忘れてはいけない項目の1つです。
幸い(?)私がこれまで警護を担当したクライアントに、パワーズ女史のようにかなり本格的にランニングをするような方はいませんでした。しかし、ゴルフや美術館巡りを趣味に持つクライアントに就くにあたり、それまで全く興味がなく、知識を持ち合わせていなかったゴルフのルールや有名な画家について勉強したりはしました。
紳士のスポーツとも呼ばれるゴルフでは、ルールやマナー(ドレスコード等)を知らなければ、知らぬ間にクライアントに恥をかかせてしまうこともあります。日本のゴルフ場には、残念ながら行ったことがないので同じか分かりませんが、アメリカで行ったゴルフ場の多くは、都会の喧騒から離れ、リラックスすることも目的の1つなので、コース上では携帯電話等の使用を暗黙のルールとして禁止しているクラブも少なくありませんでした。それを知らずに、例え業務連絡だったとしても携帯電話で通話をしていれば、その警護官をコースに連れてきてしまったクライアントは仲間から白い目で見られることになってしまいます。
クライアントが一緒にラウンドを周っていた方のボディガードがゴルフの事を何も知らなかったようで、グリーンの上をカートで走ってしまい、キャディから怒鳴られ、顰蹙を買ってしまったシーンを目撃したこともあります(カートでフェアウェイに乗り入れが可能なゴルフ場であっても、グリーン上は特に芝の目が大事な場所なのでカートの乗り入れは絶対に許されない行為です)。
以前にも1度書きましたが、美術館巡りが趣味のクライアントは、忙しいスケジュールの合間の休憩などを利用し、美術館を訪れることもあり、そんなときは大抵、特別展示や、特定の画家の作品のセクションを効率よく巡りたいと思っています。以前、アドバンスの項で少し書いたことがありますが、突然「○時に○○美術感に展示されている○○の○○作品を観に行きます」なんて言われることがありました。時間に余裕があれば、ゆっくり調べてからアドバンスに行くことも可能ですが、時間的に余裕がない場合には、知識の差が任務完了までに要する時間の差となります。
もしあなたが偶然にもクライアントと同じ趣味や生活スタイルを持っているとしたら、それはかなりの武器になります。そのような武器という運を手繰り寄せるチャンスを多く得る為にも、日頃から色々な物に興味を持ち、幅広い知識を得ることがプロのボディガードには求められます。腕っぷしが強いだけの策も知識もないボディガードに需要はありません。
カテゴリー
投稿一覧は、こちら