どこも厳しい経済状態の日本では、日本に支社を出す勢いがある外資系企業にターゲットを絞り、営業をかける警備会社や、顧客の大半が外資系企業という警備会社もあるようです。
コロナによって一時的に鎖国時代に逆戻りしまった日本ですが、コロナ渦以前はグローバル化が推し進められていましたし、円安、物価が極端に安くなったとはいえ、まだそのネームバリューは一部の国々では健在のようで、これを機に日本に支社を置いてみようと考える外資系企業もありますから、こうした顧客戦略は間違っていないと思います。
国内の会社よりの外資系企業の方がセキュリティに対しての重要性や必要性に理解がある点も、警備会社にとっては好ましいことです。ただ外国には徴兵制がある国や、軍や警察で働く事が名誉である国も少なくないので、日本国内に比べて警備の知識や経験を有する人材が多くいます。そういった国の企業が顧客の場合、警備会社側も相手をきちんと納得させる事が出来るだけの知識や経験が必須であることも忘れてはいけません。正直、筆者が先日受けた防火・防災管理者講習のような出席さえしていれば誰でも取れてしまうような資格や、多額のお金を払い「お客様」として受ける訓練程度では不十分で、国内企業を相手にするよりも常日頃から知識をアップデートする努力はかかせません。外国は、お金を払って受けるサービスに対して日本と違いかなりシビアです。それ相応のサービスではないと思えば、かなり厳しく指摘されますし、最悪な場合は契約解除なんてこともあるので、いざという時にきちんとした説明、対応ができるよう、セキュリティのプロとして契約に関してもコンティジェンシー・プランを準備しておきましょう。
外資系企業とビジネスをするとなると国内の会社とは異なる注意点が他にもいくつかあります。その最たる物が「契約」です。「ボーダーレス」や「グローバル化」が普通になったこの時代に、遠い昔に過去の産物となったとばかり思われていた「契約書はあくまでも形式」、「問題が起きたら信義則に基づいて一から話し合えばよい」といった考えを持つ経営者が驚いたことに警備業界にはまだまだ存在しているのです。
訴訟が多い諸外国の一般的な契約書は、予め起こりえるトラブルを出来る限り記述しておき、そのトラブルを未然に防ぐ、もしくは、被害を最小限に抑えるようにしておくものです。筆者は、「契約書」こそがリスク・マネージメントの極みなのではないかと思っています。
ビジネスの場では、契約書の内容をきちんと把握していない経営者なんて話になりませんが、日本の警備業界には実際にいるのです。そして、そういう経営者と顧客とでは、契約書に対しての根本的な意識が異なるので、遅かれ早かれ衝突が起こります。実際、筆者も身を持って経験しました。
また、こうした経営者が運営する警備会社は大抵Quote(見積書)やInvoice(請求書)も杜撰な事が多いように感じます。警備員には基本給があり、そこに〇時から〇時までは夜勤手当+〇〇%、祝日に勤務した場合には基本給+〇〇%といたように手当がつく契約になることが多いと思います。その場合、契約書の内容に乗っ取り、見積書には下記のサンプルのように詳細を記載すべきです。
例として基本時給¥3500、午後6時以降「夜勤手当」として10%のサーチャージという契約で、警備員Aが午前11時から午後8時まで勤務した際の見積書を提出してくださいと言われたとします。
午前11時〜午後6時 | 基本料金(¥3500/h) | ¥24500 |
午後6時〜午後8時 | 夜勤手当(10%)(¥3850) | ¥7700 |
合計 | ¥32200 |
基本料金(¥3500/h)午前11時~午後8時 | ¥31500 |
夜勤手当(10%)午後6時~午後8時 | ¥700 |
合計 | ¥32200 |
本来は上記のように詳細が記載されたものが出来上がります。では、下記のような見積書はどうでしょう。
午後11時〜午後8時 | 基本料金(¥3577/h) | ¥32200 |
今回はあえて合計を合わせましたが、それでも厳密にいえばこの請求方法では、警備員の単価が契約と異なりますし、詳細が記載されていない見積書・請求書では適当なことをされていないか、過剰請求されていないかなどと相手は不安になり、それが不信感につながります。外資系企業には、これまで会社に尽くしてきた人材ですら、情け容赦なしリストラする無慈悲な側面がある事からも御察しがつくと思いますが、信用がおけない会社との契約は容赦なく解除されます。こうした事からも見積書や請求書も軽視せず、きちんと契約書に則った形式で請求金額を算出し提出すべきです。
契約面を問題なくこなす事ができたら、次は提供する商品のクオリティです。警備会社にとっての商品は派遣する警備員のことです。ただでさえ少なかった警備員の教育が2019年の警備業法の改正に伴い、それまでの30時間から20時間に減ってしまいました。30時間でも諸外国の人間からすると、素人との違いが分からないレベルですから、20時間は素人です。実際、筆者も帰国後多くの警備員と話す機会がありましたが、警備業法すらしっかり理解しておらず、自身が出来ることと出来ないことの判別もつかない警備員も少なくありませんでした。ましてや警備の下地がある外国人の担当者なら、素人がただ単にボサっと立っているだけにお金を払うことに我慢がならないはずです。
また、最初から出来ない約束はしない事も、堅実なビジネスの鉄則です。例えば、外資系企業をターゲットにする警備会社には、英語が話せる警備員を売りにしているところも多いのですが、これも蓋を開けてみると簡単な挨拶が出来る程度で、到底「話せる」なんて言えるレベルではない場合がほとんどです。そもそも、英語がビジネスレベルで話せる人の多くは、給料の安い日本の警備会社ではなく他の仕事を選ぶでしょう。そうした事実を考えれば、「英語が話せる人材」と契約の際に付け加えれば、後々問題となることは容易に想像ができます。
では英語が話せる警備員を求める外資系企業には、どう対応すれば良いのでしょうか。まず、きちんと英語が話せる人材がきちんと揃えられないのなら、ランゲージ・アローワンスを加えたりはしない事です。その代わり、英語は話せないけれど、言語に関係なくコミュニケーションが取れる優秀な警備員として、ランゲージ・アローワンスを加算した場合の料金と同等の金額を請求するのです。勿論、警備会社にはしっかりとした社員教育が求められますから、当然ながら義務である20時間の新任教育だけでは不十分です。
では、どういった教育をすべきか。いくつかありますが、まずは、警備員自身が身を守る術を身に着けるための教育を施す事です。これは何も武道や格闘技を教えることではありません。元々警備員は警備業法で何一つ特別な事が出来ませんから、下手に武道や格闘技を教えるよりも、「法律」を教えた方が有益です。次に、お客に形として残る商品である「警備日報」の書き方を指導しましょう。多少頼りない警備員であっても、しっかりとした警備日報が書ければ相手によっては評価してくれる場合もあります。というのも、先程書いた通り、警備員は警察ではありませんから、警備員がいるだけで安心なんて人も会社もありません。警備員を雇う会社は、警備員を一種の「保険」として置いていることが大半です。だからこそ何かが起きてしまった際に、しっかりとした警備日報が求められるのです。日報に「〇〇時、〇〇さん鍵開け」なんて平気で書くような警備員を恥ずかし気もなく提供する会社に先はないでしょう。日本語であっても日報を書く際には5W1Hを意識し、使用する単語も子供の宿題ではないのでしっかり選択すべきです。日報に関しては、元警察官のバックグラウンドを持つ警備員には、警察官時代にみっちり指導されるためか、しっかりとしたものを書くことが出来る人が多い印象です。警備業界には元自衛官という方も多く存在しますが、残念ながら筆者の経験上、日報に関しては元警察官ほどきちんと日報を書ける方は多くありません。
ASISのCPPでも人を育てる際に安く早くを望むのならば、外部サービスを利用する事が近道だと言っています。つまり、色々とうるさい顧客を納得させるための近道は、警察や他の警備会社などで、しっかりとしたレポートの書き方等を鍛えられた経験者を雇うことです。そうすれば、外資系企業相手であっても、あとは外国人や外国語に対する免疫をつけるだけで済むので、警備会社は0から育てるよりも手っ取り早く戦力となる人材を確保できます。社員教育にかける時間もお金もなく、社内にきちんとした社員教育が出来る人もいないのであれば、最低限こうした努力は必要になります。
色々と書きましたが、文化が違う相手に商品を買ってもらい、満足してもらうことは、簡単なことではありません。もしかしたらこのブログを読んで下さっている方の中に、「うちのことか?」と思う方がいるかもしれません。「アメリカでちょっと経験を積んだだけの若造(?)が何生意気なこと言っているんだ」と苛立ちを感じる方がいるかもしれません。でも多少なりと海外でやってきた立場から、日本の警備業界の現状には納得がいかず、奮起して欲しいと思ってあえて辛辣に書きました。どうか今後少しでも今回書いたことを頭の隅にでも入れて、真摯に外資系企業とやり取りをする警備会社が出てくることを望みます。
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